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鳥のさえずりを聞きながら

そして昼間。ロヴィーナは朝から使用人たちが詰める作業小屋にいた。刺繍職人の横に並んでレースを編んでいる。

どうやら朝のラディウスの発言を根に持ったらしい。見返すつもりなのだろう。ただし、その様子を見る限り目標が叶うのは遠そうだ。


微笑ましささえ覚えつつ、ラディウスは作業小屋の隣に併設されている薪割り小屋の壁に寄りかかる。ロヴィーナが職人たちとどんな会話をしているかは明瞭に聞こえないが、何かあればすぐ駆けつけられる距離を保って護衛に務めている。

立っているだけでは暇だろうと薪割り係が斧を渡してきたので、それを受け取って刃を研いでやる。上手いこと押し付けられたなと思いつつ、じゃり、と砥石を滑らせる。目だけは斧に向けつつ意識はロヴィーナへ。護衛の任務も忘れずにこなし、じゃりじゃりと砥石を使う。


ふ、とラディウスの視界が翳った。見上げれば、昨日の行儀見習いのメイドが立っていた。


「……このシチュエーション、昨日もじゃなかったですかぁ?」


ラディウスが刃を研いでいるところに近寄っていくなんて、昨日も経験した気がする。

ふと呟きつつ、彼女は薪置き場から薪を取り上げる。小脇に抱えられるだけを持ち、運びやすいように縄で縛ってまとめる。その様子を見やりながら、確かにそうだとラディウスが頷く。

昨日は少しやりすぎた気がする。いくら気に障った発言とはいえ年端のいかない女相手に威圧しすぎた。その反省を素直に口にすると、縄を縛る彼女はいいえと首を振った。失礼なことを言ったのは自分の方だから、と。

そのことについてはもう彼女の中で終わった話だったようで、水に流したからこそラディウスが振ってきた軽口に乗った。


「仲直りってやつです」


にこりと微笑み、彼女は2束目に手を付け始めた。からから、と乾いた薪が奏でる音、じゃりじゃりと刃を研ぐ音が流れるだけの沈黙が流れる。

その静寂の空間とは違い、作業小屋のほうは騒がしい。ロヴィーナ様何をどうしたらこんなに糸が絡まるんですかと使用人の声がする。


「……ひとつ聞いていいです?」


2束目に縄をかけながら彼女が呟く。疑問の内容は、ラディウスは護衛なんだから常にロヴィーナの横に控えているものじゃないのか、という素朴なものだった。すぐ駆けつけられる距離であるとはいえ、真隣じゃないなんて。護衛に立つ騎士の心得など知らないが、真横にいないことが不思議に思える。


「常に張り付く必要があるほどの危険はないでしょう、この屋敷には」


それに、ロヴィーナだってずっと横に立たれていては落ち着かないだろう。護衛を気にせず、職人たちとのびのびと話せるようにとの配慮だ。

窓越しにお互いの姿は視認できる。ロヴィーナの周囲は使用人たちが取り囲んでいるし、万が一暴漢が乗り込んできても、自分が窓枠を乗り越えて小屋に飛び込む時間くらいは稼げるだろう。総合的に判断しての過ごしやすい距離がここだ。


「そうなんですねぇ。……あんなことがあったんだし、やっぱり気まずいんじゃないかって……そう言ってるのを聞いたものですから……」


喋りながらまた地雷を踏んだことに気付いたのだろう、語尾はどんどん小さくなっていく。あう、と狼狽えた彼女は、私がじゃなくて、と言い訳を始める。ロヴィーナとラディウスが微妙に離れている様子を見て、やっぱりラドランのことがわだかまりになっているんだ、あれは無意識に出た心の距離だ、と噂しているのを聞いた、と。


「私はそんなことないと思ってるんです、ほんとですよ。そっか、そういう理由なんですね、よかった」


本人から直接理由を聞けたので、今度またそんな失礼な噂を聞いたら言い返してやれる。そう話を着地させ、彼女はちらりとラディウスの様子を窺う。また早朝の時のように不興を買って威圧されたらどうしよう、と不安げにしながら。

ちら、と視線をやる。ラディウスがあからさまに怒りを表現したり不問を口にしないぶん怖い。気まずい空気を少しでも繕おうと、彼女は言い訳を重ねる。


「私は……だって、ラドランさんとも話したことありますし……」

「兄と?」

「はい。私がこの屋敷に行儀見習いとして入ってくる時に挨拶して。ほら、私ってロヴィーナ様ともよく話すじゃないですか。だから自然と話すことも多くて」


ロヴィーナに茶を淹れるついでにその話し相手を務めたことなど無数にある。主人と使用人という身分の差はあれど、ロヴィーナの気安い性格もあってそれなりに親しい仲である。

そこまで親密だと、護衛としてロヴィーナの背後に控えるラドランとも言葉を交わす機会も多い。今こうしてラディウスと話しているように、ラドランと1対1で雑談をすることもあった。

そうやって話した印象はとてもよく、またそれだけ近しい距離から見たラドランとロヴィーナの仲は悪くなかった。心中という事件を挟んだとしてもロヴィーナの中でラドランのことが『気まずいこと』として今までも尾を引くことはない、と。そう思っていたので。


「だから、えっとですね、私全然、気まずい心の距離がとか思っていなくて、噂を聞いただけなんです」


自分の意見でなく他人の風評だから誤解しないでくれと慌てて両手を振る。

その様子があまりにも必死で、怒気をあらわにする気も失せたラディウスは彼女を鋭く一瞥するだけだった。

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