神に摘まれた道
そんな一幕があったなんて。ロヴィーナは朝食後の紅茶を飲みながら息をつく。
行儀見習いのメイドの目が赤いのでその理由を尋ねれば、彼女は朝のやり取りについて打ち明けてくれた。曰く、ラディウスに失礼なことを聞いてしまったので怒らせてしまったと。取りに来たはずの石鹸も取ってこれず、ただ泣いて戻ってきた自分をメイド長が慰めてくれてようやく落ち着いたばかりなのだとか。
「叱っときましょうか?」
彼女がどんな失礼をしたのか、語ってくれないので知らないが、それでも泣かせるなんてやりすぎではないか。彼女は行儀見習いとして雇われたばかりで、まだ年端もいかない女の子。女性と形容するより少女と形容したほうが表現としては近い年頃。それなのにいい大人が威圧して泣かせるなんて。
上に立つ者としてラディウスを叱っておくべきだろうか。妹を庇う姉のような気持ちで問えば、彼女は赤い目のままぱっと手を振った。
「い、いえいえ!! いいんです! 私が悪いんです!」
「そう? いじめられたなら言いなさいね」
「いじめだなんて、そんな! 皆さんにはよくしてもらっていますので!」
その時、部屋の外から彼女を呼ぶ声がした。メイド長だ。紅茶に添えるデザートが用意できたので取りに来いと。
はぁい、とすぐに返事をした彼女はぱたぱたと走っていく。それと入れ替わりにラディウスが入ってきた。一通の封筒を手にしている。離席していたのはこの手紙の検閲を行っていたからだろう。封筒や便箋に毒が仕込まれていないかを調べるために。
「ソラドス家からです」
ソラドスというと。セジャロンとオデュロンの親子だ。
彼らの口論からの揉み合いに巻き込まれて刺されたことは記憶に新しい。8回目の死因である。セジャロンとオデュロン、口論回り、回り回って姫が死ぬと歌にも歌われている部分のことだ。
彼らは極刑を受け、今ではセジャロンの次男が家長となって家を取り仕切っている。家督を得た彼はこうしてロヴィーナに様子伺いの手紙を送ってくる。貴族の輪の中から弾かれないようコネを保つのに必死なのだろう。今回もそのうちだ。
ということは、あまり内容がない。ご機嫌いかがですかという定型文から始まった文面は案の定それほど中身のある内容ではなかった。貴族の人付き合い程度。
中身がないと返事も書きづらい。うぅむ。返事の文面を考えつつ紅茶を啜る。何気なく窓の外を見てみれば、屋敷の端にある作業小屋が何やら活気づいている。
「あれは?」
ラディウスに問う。
あれですか、と窓の外に目をやったラディウスが答える。曰く、日用品を買い付けた際に、とてもいい生地を見つけたそう。ロヴィーナ様のドレスに是非、絶対に似合うに違いない、と使用人たちが気合を入れているらしい。その気合があの喧騒だと。
今はあの生地に合わせる布地をあれこれ倉庫から引っ張り出している最中。そのうち、ロヴィーナの元に来るだろう。布を当てながら、髪にはあっちの色が映えるだとか、目の色にはこれがいいだとか。デザインに希望はありますかなどなど。
「成程ね」
あのシフォンの布はどこにいった、一番刺繍が上手い仕立て屋を呼んでこい、そんな声が聞こえてくる。
元気なことだ。そんなに盛り上がるとはよほどいい生地なのだろう。にわかに騒がしい作業小屋を遠くに見ながら、ロヴィーナの視線は昔日を追う。
「……昔は私もあっちだったんだけど」
ロヴィーナが駒鳥神に気に入られ、駒鳥姫となったのは10歳の頃。それまではただの平民だった。
父が仕立て屋、母はそれを支える刺繍職人。駒鳥姫に選ばれなければ、ただの仕立て屋の娘として生涯を終えていただろう。もしかしたら、ああしてどこかの貴族の屋敷に召し上げられて働いていたかもしれない。
そんな平穏な『もしも』を想像してしまう。そしてその想像をするたび、思うことがある。
「……そうしたら、何度も死ぬような目には遭わなかったのかもね」
神に気に入られた駒鳥姫でなければ。ただの仕立て屋の娘であれば。
こうして何度も殺され生き返るような人生でなかっただろう。そう思ってしまうのだ。




