夕餉を一緒に
「じゃぁ、ちょうどいいし。一緒にご飯でもどう?」
メイドが夕飯のワゴンを運んできたし。一緒に夕飯はどうだと誘う。
「どうせ部屋で一人で食べるんでしょう? なら一緒に食べましょ」
「命令ですか」
「お願いよ」
さぁさぁ。勧めるとラディウスはしばし躊躇した後に、立ち上がりかけた腰を再び下ろした。
よしじゃぁ。ラディウスの食事もこちらに運ぶよう言うと、了承したメイドが小走りで駆けていく。少しの間の後、夕飯のワゴンが運ばれてきた。
品目こそほぼ同じなものの、ロヴィーナのメニューに対しラディウスの食事は簡素だ。添えられた副菜の有無や食材の質など。経済的な事情もあるだろうが、おそらくラディウスの希望なのだろう。必要なもの以外興味なさそうだし。
「色みのないメニューね。サラダを食べたら全部茶色じゃない」
サラダにパン、そしてステーキ。それだけ。腹を満たせればそれでいいとばかりのようなメニューだ。
簡素すぎる。せめてもう少し彩りを。サラダからトマトを寄越してやれば、好き嫌いですかと眉を寄せられた。
「嫌いなものを押し付けるのはよくないのでは」
「そんなつもりじゃないんだけど」
冗談なのか本気なのか。鉄面皮はわかりにくい。苦笑しつつ、4つ切りにされたトマトをラディウスの皿に移す。うん、少しは彩り良くなったのではないだろうか。
小さな満足感とともに、いただきますとカトラリーを手に取る。食事を始めるロヴィーナの様子をラディウスが注意深く見ている。しまった毒見をしそこねた、ならばせめてロヴィーナの様子を注視することで毒の有無を見極めようと。
律儀なことだ。まぁ、ついさっき毒入り紅茶を口にする危機だったわけだし警戒も当然か。
「今までのパターンからしてまず来ないから大丈夫よ」
無駄に何回も殺されたわけじゃない。今回のように、たまたま死に至らない事例はそれ以上に起きている。
それらの経験からわかる。殺害失敗からすぐに『やり直し』が来るわけじゃない。失敗すればしばらく時間を置いて別の手口で来る。
だからこの食事は逆に安全だ。毒入り茶葉での殺害に失敗したので、口にするものに毒を混ぜてこないはず。
自信を持って言い、フォークでレタスを刺して口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んで、ほらね、と示してみせる。
それでようやく警戒を少し緩めたのか、ラディウスも遅れてフォークを手に取った。
しばらく食事に集中するための沈黙が降りる。
気まずくもないが心地よくもない静寂。それを破ったのは、ラディウスの不意な問いかけだった。
「兄は私のことを何か言っていましたか?」
業務のための確認ではなく、雑談としての問いかけ。当たりが変わったことを感じつつ、そうね、とロヴィーナは思い出を振り返る。
「そうねぇ……あまり聞いてないわね」
「……そうですか」
表情こそ鉄面皮のままだが、落胆したような雰囲気を感じる。腹の底を見た後だと鉄面皮の下の表情がわかりやすい。表情筋でなく雰囲気で語るタイプのようだ。
もしかしたらラドランは自分のことを語っていたりしないのか。あわよくば自慢でも。そんな期待を寄せていたのだろう。それなら悪いことをした。だがラドランの沈黙は悪い意味ではない。その真意を知っているロヴィーナは訂正を差し挟んだ。
「悪い意味で語ってないんじゃないと思うわ。むしろ逆、大事だから話題にしない感じよ」
ほら、うちにはデリカシーを忘れ去った馬鹿鳥がいるので。
あれに無闇に突っ込まれないように、話題にさせないために黙っていたのだろう。配慮のない馬鹿鳥に言及されてどうこう言われるよりは一切を秘す、と。
大事だからこそ守るための沈黙だ。家族の存在が恥だから黙っていたわけではない。
「……お気遣いありがとうございます」
ラディウスの雰囲気がふっと緩まる。自分に比べて出来が悪くて疎ましいだとか、弟の存在が恥だと思われていたわけではないと知って見るからに安堵している様子だった。大事だからこその沈黙、そういうものもあるのかと納得した風情で。
「兄さんがそんなふうに……あっ」
これまで頑なに『兄』と呼称していたラディウスの口調が崩れた。素の部分が滲んだことに気付いて表情を引き締めるラディウスの様子をロヴィーナは微笑みとともに見守る。
別に崩して構わないのに。形式ばった態度が必要な場面ではないのだし。必要な時にはちゃんとしていればいいんだから、今くらいは緩めたって。
「緩めていいのに」
「……そういうわけにもいきません」
隙を見せるわけにはいかない。ただでさえ兄の汚名を払拭するためにここにいるのだし。とやかく言われる要素は欠片でも潰さねばならない。
ラディウスはすっかり頑なな態度に戻ってしまった。ふむ。ならば意地悪で意趣返しだ。
「ところで」
「はい」
「せっかく渡したトマトに手を付けてないみたいだけど、その歳で好き嫌い?」
「そ、そういうわけでは」
食事の彩りに文句をつけられたので、彩りを損なわないように手を付けていなかっただけで。好き嫌いで残していたわけでは。
ロヴィーナの意地悪な問いかけにラディウスが慌てて言い訳する。好き嫌いでないことを証明するために律儀にトマトにフォークを刺すものだから、またもやラディウスの皿から彩りが消え失せてしまった。




