鉄面皮の下の狂気
「復讐とは穏やかじゃないわね」
成程。それは鉄面皮という名の理性の下に隠すにふさわしい激情だ。
復讐とはいったい誰に向けてだ。まさか私ではないでしょうね、とロヴィーナが警戒をにじませる。兄を狂わせた魔性の女と認識しているのではないだろうな。それなら護衛という立場に食らいつくのもわかる。護衛の身分ならいつだって命を狙える。そばに仕えるふりをして隙を窺って。
まさか、と危惧を口にしたロヴィーナに反して、ラディウスはゆるりと首を振った。
「それならばここで本性は出しますまい」
「それはそうだけど」
確かにそれはそうだけど。そんな狙いがあるならここで洗いざらいぶちまけはしない。
じゃぁ狙っているのは誰だ。その復讐心の矛先はどこだ。
「……兄は我がガルド家の誇りでした」
ぽつり、とラディウスが呟いた。
ラドランは飛び抜けて優秀な騎士だった。平民にほぼ近いような下級貴族だったガルド家から、駒鳥姫の護衛なんて最上級の地位に抜擢されたのだから相当だ。騎士見習いの時から負け無し、時には上官すら打ち負かす。剣しかないと本人は卑下していたが、剣においては誰の追随も許さなかった。
そんなラドランの弟であるラディウスもまた、兄のことを誇りに思っていた。尊敬を通り越して信奉、いや狂信に近い。兄に比べて弟は凡庸だと周囲の人間に言われても、それは自身への罵りではなく兄の高さをうたう賛辞とすら感じていた。
その兄が、まさかの。仕えるべき主人を刺して自害だと。騎士としてあるまじき行為をするなんて信じられない。
精神的に追い詰められていたそうだが、だとしてもそんな極端な行動を取るわけがない。どれほど焦燥の中にあっても主人を害するなんて選択だけはしないだろう。弟として兄の背中を見ていたからわかる。ラドラン・ガルドがそんなことをするわけがない。
ではなぜ。そうするように誰かが仕組んだのだ。追い詰められ、焦燥したその精神につけ込んで唆したに違いない。でなければ心中なんてするわけがない。
理性を飛び越え、主に剣を向けろと囁いた誰かがいる。それを探すため護衛の役にかじりついた。
兄と同じ立場になれば、その『誰か』の尻尾を掴めるのではないのかと。平たく言えば仇討ちだ。
「……それで、貴女の話を聞いて確信はさらに強まりました」
ロヴィーナは言っていた。自分を何度も殺しにくる『向こう』の誰かについて。それはまさに、兄を唆した『誰か』じゃないか。
おそらく、ロヴィーナを殺す手段のひとつとしてラドランを唆したのだろう。ロヴィーナを巻き込んで心中してしまえと。
ロヴィーナが排除すべき『向こう』と、ラディウスが討つべき『誰か』は一致する。それなら話がつながる。
「その者を白日の元に晒す。……いいえ、晒すべくは白日の元にではなく……首を」
首を晒さねば。処刑しなければ。殺さねば。でなければラドランの汚名は雪げない。陥れられ、貶められた兄の誇りを取り戻さなければ。
そのためなら何でもしよう。汚名の心中騎士の弟と呼ばれても。鉄面皮の下に復讐心を煮え立たせて、堅実な理性で取り繕って。
「そこまで……」
なんという執念。もはや狂気に近い。ごくりとロヴィーナは喉を鳴らす。
ロヴィーナの目標とラディウスの目標は一致した。だが、そこにかける熱量は桁違いだ。
なんと苛烈な男だろうか。堅実な理性の元に動く真面目な男だと思いきや、目的のためなら自分も家もまとめて賭ける過激な男だった。相打ちにできるのであれば仇を討つと同時に朽ちても構わないとさえ思っている。
復讐のためなら真っ赤に焼けた鉄の靴を履いて踊ることも躊躇わないだろう。全身が焼けようとも厭わない。比喩ではなく事実として。
「陳腐な理由だと笑いますか」
復讐のためなら真っ赤に焼けた鉄の靴で踊りながら町を何周でもしてみせよう。今すぐやれと言われればそうする。
ラディウスは重ねてそう言った。
「別に笑いはしないけど……」
むしろ、そのためにあらゆるものを焚べていくような生き方をしているのが意外だったというか。
全身が焼ける苦痛はロヴィーナもよく知っている。7回目の死が焼死だったので。だがラディウスはその苦痛さえ飲み込んでしまえるのだろうと思える。
そうね、と言葉を切って驚きから立ち直る。ラディウスの覚悟をしっかり正面から受け止める。
彼にかけるべき言葉はひとつ。目的のための手段を渇望する騎士に主人が与えられるのは命令だけだ。上に立つ者としての振る舞いは心得ている。
「……では、駒鳥姫として命じます。かの者を討ちなさい」
「御意」
椅子を立ち、ラディウスは叩頭した。えぇ、と頷く。
真の意味で忠義を捧げられ、そして受け取ったと、どちらともなく理解した。
その厳粛な雰囲気を破ったのは、途方に暮れたような声だった。
「…………あのー…………お夕飯の配膳をしてもよろしいでしょうか……?」
「あ」
「あ」
話に熱中するあまり、すっかり忘れていた。夕飯が乗ったワゴンを引いたまま途方に暮れていた行儀見習いのメイドの存在にようやく気付いた。




