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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第三十五話(123) 仲間たちとの邂逅

 目が覚めると、客室で眠らせてもらっていたことが分かった。ガラス窓からまるで春を思わせる陽光が差し込んでいた。前日にたっぷり眠ったはずなのに、それでぐっすり眠ることができたのだから、やはり相当疲れていたのだろう。


 それから寝台の傍らに置かれてあったドラコの剣と木箱を持って部屋を出た。そのまま前日に通された客間に入ると、召使いが食事の用意をしていた。僕と年がそれほど変わらないように見える。


「いま起こしに行こうかと思ってたんだ」


 そう言いつつ僕の方を見て、視線を落とすと表情を曇らせた。


「あっ……」


 おそらくドラコの剣が目に入ったのだろう。


「君もドラコのことを知っているんだね」

「うん。ケンのお兄ちゃんだから」

「君はケンタス・キルギアスの……」


 召使いが答える。


「友だち。わたしはアキラで、ペガやボボともお友だちなんだ」

「僕はヴォルベ・テレスコだ。ケンタスとは友だちではない」


 説明が難しかった。


「でも、ケンタスと出会ったからドラコとも知り合えたし、クミン王女も助かったし、王宮は難を逃れた。彼自身は何もしていないように見えて、実はすべての点と点を一つに繋げる存在になっているんだ。本当に不思議な男だよ」


 アキラが頷く。


「うん。ジジと出会えたのもケンのおかげだ。ケンがオラの話を聞いてくれなかったら、今のオラはここにいなかった。だから本当に感謝してるんだ。ジジは知ってる? ドラコをお兄さんのように思っているの」


 そこでアキラにジジがドラコの殺害現場で気丈に振る舞っていた様子を教えてあげることにした。直接会うことはなかったが、床下から声を聞いていただけでも、彼が立派な戦士だということが分かったので、それをそのまま伝えてあげた。


「そっか、ジジはちゃんとお仕事をがんばっているんだね」


 そこでアキラが自分の仕事を思い出す。


「いけない。オラったらお食事の準備をしている最中だったんだ」


 そこで舌を出して照れ笑いを浮かべるのだった。


「今すぐ持ってくるな」


 そう言うと、客間を出て行ったのだが、外に人がいたようである。


「あっ、すいません。お客様がお起き? ……違う。お目覚めになられました」

「そう。それでは着替えの用意がありますから、先に湯浴みを勧めてあげてちょうだい」


 その声はマザー・リングだ。


「はい。かしこ、まり、ました」


 声がしてから、すぐにアキラが戻ってきた。


「マザーが『先にお湯を浴びて汚い身体をきれいにしなさい』だって」


 いや、そんな言い方ではなかったはずだ。



 それから湯浴みをして、用意してもらった服に着替えて、客間で温かい食事をいただき、お腹がいっぱいになって、食後に消化にいい草茶を出してもらったところで、マリン・リングがハッチを伴って現れた。


「そのままで構いませんよ」


 挨拶をしようと立ち上がりかけたところをマザーに制された。

 ハッチがマザーをエスコートして、それから室内警護に就いた。


「寝床だけではなく、お食事やお湯も用意していただき、感謝の念に絶えません」


 宗教上の問題で、美味しいとか不味いといった感想は食べ物に対する冒涜にも成り得るので、初対面の相手に対して述べてはいけないのがマナーである。食の文化を停滞させているが、それを承知の上で大事にしなければいけないのが信仰への理解というものだ。


「これまで大変なご苦労があったのでしょうね」

「ガレットを見掛けませんが、大丈夫でしょうか?」

「まだ二階の寝室で休まれているので心配いりませんよ」

「それはよかった」


 僕が安心して移動できたのは、彼女が警戒態勢を維持し続けてくれたおかげだ。


「早速ではありますが、お願いしたいことがあるのですが、申し上げてもよろしいでしょうか?」

「伺いましょう」


 そこで木箱をテーブルの上に置き、開けて金の王冠を披露した。


「これは王家に伝わる三種の神器の一つですが、これを王宮に返すようにとパヴァン・フェニックス王妃陛下から預かってきました。しかし、今すぐ王宮へ戻ることはできません。なぜなら、これを奪おうとしている者の正体が掴めていないからなのです。そこでお願いがあるのですが、私がその者の正体を突き止めるまで、こちらで預かっていただきたいのです。もちろん、災いを呼び込む可能性もございます故、無理にとは申しません。ですが、それを承知の上でご一考願いたいのです」


 マザーが問う。


「公子がこちらに見えたのは、わたくしがドラコ・キルギアスの妻だからですか?」


 己の素養を問われている。


「復讐心を焚きつけようと思ってきたわけではないのです。悪戯に復讐心を煽れば、マザーやお子を復讐の連鎖に巻き込むことにもなりましょう。ですから、お二人を利用する気は毛頭ございません。ですが、私は従弟のフィンス国王陛下に忠誠を誓った身。国家の秩序を乱す者は絶対に許すことができません。公僕がその気持ちを失えば、国民は土地や家だけではなく、良心をも失い兼ねませんからね。悪事がまかり通る世の中であってはならないのです。事情を知らぬ幼子を復讐の連鎖から守ることも、国家の務めだと考える次第にございます。故に、反逆者には、復讐ではなく、相応の報いを受けてもらおうと考えております」


 マザーが再び問う。


「わたくしの祖先はフェニックス家の王政に抗ってきたのですよ?」

「しかし、お子の父親は王族のために命を捧げました」


 いや、この答えではご子息を利用していると思われる。


「失礼いたしました。それはマザーご自身とは別の問題でございますね。前言を撤回いたします。私がマザーの元へ伺ったのはガレットの進言によるものなのです。彼女に命を救われたというのもありますが、それだけではなく、常に道標のように先行きを示してくれていたので、それで此度も信用しようと思ったのです。私自身はマザーのことを何も知りませんが、ガレットを通して知るマザーは確実に信頼できるお方だと思い至ったわけにございます」


 マザーが感想を述べる。


「公子はとても正直なお方なのですね」


 それは嘘やおべんちゃらが通用しない人だとすぐに分かったからだ。

 マザーが三度問う。


「わたくしは非力ですので約束してあげることはできませんよ?」


 それで構わない。


「約束するのは私奴の方にございます。たとえ捕らわれ、拷問を受けようとも、口が裂けても宝物の在処を漏らすことはないとお誓い申し上げます。この木箱は部屋の隅にでも置いていただければ、それで結構でございます。何人たりとも、ここへ賊を呼び寄せないとお約束いたしましょう」


 マザーからの問い掛けが終わった。

 審判の時を迎える。


「わたくしもガレットを通して知る公子を信用いたしましょう」


 マザーから許諾をいただけた。

 それとは別に、僕にはもう一つだけお願いしたいことがあった。


「重ねてお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「何でございましょう?」

「青銅器を作りたいと考えておりまして、工房を紹介していただきたいのです」

「その青銅器というのは、具体的にどういった物をご所望なのですか? わざわざ作らせずとも、出来合いの物ならば今すぐに用意することができるかもしれません」


 丁寧に説明しなければならないようだ。


「ご厚意は大変ありがたいのですが、まだこの世に一つとない物を作りたいと考えているのです。それはここにある金の王冠のレプリカにございます。本物を持ち歩くことはできませんが、これと同じ模造品を持ち歩くことで、所有者であることを認めさせねばならず、そのレプリカを持って敵陣に乗り込みたいと考えているのです」


 マザーがハッチの方を見た。


「公子はこのように申しております」


 意見を求められたハッチが私見を述べる。


「それはまた大胆な策を思いつかれましたな。参考までにお教え願いたいのですが、敵陣というのは、どなたと会われるおつもりでございますか?」


 そこでハドラ神祇官が身内に裏切られて殺害された経緯を説明することにした。

 話を聞き終えたハッチが唸る。


「――うむ。そういうことでしたら協力いたしましょう」


 ルシアス・ハドラとの協力関係はなさそうだ。また、彼らの方から情報が漏れる心配もないように思えた。それはわざわざ自分たちからマリン・リングを敵の陰謀に巻き込むとは考えられないからである。


「心から感謝いたします」



 ガレットの体調が優れないということもあり、それから三日後の夜まで滞在を延ばすことにした。その間に僕は紹介してもらった青銅器工房に通い詰めて、金の王冠の型から材質違いのレプリカを作ることに成功した。


 旅立ちの朝、ではなく、夜を迎えた。ガレットはすっかり生気を取り戻し、仔猫のような顔立ちから、今はもう以前の山猫のような表情に戻っていた。だから玄関ホールまでお見送りにきてくれたマザーに甘えることもなかった。


 ハッチ・タッソからレプリカの王冠を入れる木箱をいただいた。それも本物と寸法が変わらぬ物だった。それだけで一流の大工職人を抱えていることが分かった。それだけではなく、レプリカの王冠を包む布まで上等な物を用意していただけた。


 アキラも見送りにきてくれた。この三日間、彼女のおかげで色んなことを教えてもらうことができた。特にタンタンの逸話は興味深く聞かせてもらった。そして忘れてならないのが、アキラが抱えている幼児、つまりドラコの子どもであるアイムのことだ。


「マザー、このドラコの剣ですが、私が持ち続けてもよいのでしょうか? ご希望とあらば、今ここでお返ししても構わないと考えております」


 マザーが問う。


「誰にお返しするというのですか?」

「それは遺品として受け取る権利のある奥方様か、ドラコの実子にでもと考えております」


 マザーが再び問う。


「公子はその剣を誰から譲られたのですか?」

「ドラコ隊・副長のランバ・キグスから譲られました」


 マザーが三度問う。


「それがどのような意味を持つと考えておられますか?」


 剣には様々な意味が含まれている。だから三種の神器にも金の剣が存在しているのだ。平たく言えば軍政を司る象徴でもあるわけだが、その点に思い至らなかったことに今更ながら気がついた。


「大変失礼いたしました。私はまたしてもお子を政争の道具に祭り上げようとしていたのですね。どうか、この件は聞かなかったことにしていただきたい。重ね重ねのご無礼を心よりお詫び申し上げます」


 そう言うと、マザーが頷いた。旧カイドル帝国が滅んでも、やはりこのお方は皇帝の末裔なのだ。我らが王政とは違って、帝国では力ある者が帝位に就く。それは何者でもない僕などから剣を譲られるという話ではないのだ。


 アキラの腕に抱かれてすやすやと眠るアイムは、どんな夢を見ているというのだろう? ジュリオス三世を祖父に持ち、そしてドラコの血を受け継いだ子だ。将来、彼が何を望むのか、今の僕には何も分からなかった。



「会ってもらいたい人がいるんだが、時間はあるか?」


 邸を出ると、ガレットが訊ねてきた。


「誰に会わせるというんだい?」

「兄貴がヴォルベと話がしたいって」


 ということで、パルクス教会の地下室へ行き、ガレットの兄と対面した。


「ソレイン・サンだ」


 身体に朱を入れた色気のある男だった。


「公子のお噂はドラコから色々と聞かされているので自己紹介は結構です」


 僕も事前にガレットからどのような人物か教えてもらっていた。カイドル州に赴任したドラコの手足となり動いてきた男である。禁止されている部族の再武装化を指揮したのがドラコで、サン兄妹がその部隊を率いているというわけだ。


「早速本題に入らせていただきますが」


 僕に対する丁寧な言葉遣いは、ドラコとの関係性を表しているのだろう。


「これまで、おれたちはドラコの指示の下に動いて参りました。しかし、ドラコがいなくなった今、出された指令を修正できない状態に陥っているのです。それでドラコ隊の指揮を委ねられた公子に相談するために伺ったというわけです。よければ今後の方針を聞かせていただけませんか?」


 結論を出す前に聞いておくことがある。


「死の直前に出されたドラコの指示とはどういったものでしたか?」

「部隊を維持して、強化しつつ、デルフィアス陛下のご命令を待てというものでした」


 ならば答えは出ている。


「そういうことでしたら、そのままその指示を継承したいと思います」

「公子からのご命令は、ないと考えてよろしいのですね?」

「デルフィアス陛下が兵を動かしたい時に肝心の部隊がいないようではお困りになりましょう」


 僕の言葉にソレインが微笑む。


「試したわけではございませんが、ドラコの説明と同じで安心しました」

「では、続けてドラコは、陛下のご帰参に合わせて移動するようにと指示を出したのではありませんか?」

「ご明察の通りです」


 ドラコはサン兄妹の部隊を私兵集団にはしなかったわけだ。それが新しいカイドル国の未来へ繋がると思ったのだろう。つまりデルフィアス陛下の下で功績を上げることに意味があると考えたわけだ。


「それにしても、公子は噂通りのお方のようだ。ドラコが『一を言えば、十を知る人だ』と言っていましたからね。言葉の含意を汲み取るのがお上手だ。説明する手間が省けて助かりますよ」


 剣一つとっても様々な意味があるように、『表面だけを見て、あるいは片側だけを見て物事を考察してはいけない』と教えてくれたのは父上だ。それから『母上や他の者の存在も忘れてはならない』と。一人でも多くの人から話を聞くことで十を知ることに繋がるからだ。


「しかし、私はルシアス・ハドラにあっさりと騙されてしまいました。僕がドラコの言う知恵者ならば、ハドラ神祇官を死なせることはなかったでしょう。たとえ一から十を知っても、その中に嘘が紛れていて、その嘘を見分けることができなければ、取り返しのつかないことになってしまうということですね」


 ソレインが叱咤する。


「責任を一人でお取りになるのはお止めなさい。公子の言では、息子の裏切りを見抜けなかった猊下をも貶めることになりますからね。ドラコが殺されたのですから、我々はルシアスなどではなく、もっと不気味で、得体のしれない巨悪を相手にしていると考えるべきではありませんか?」


 苦言を呈されたが、ソレインもまた、僕を成長させてくれる大事な人のようだ。


「その通りですね。僕は少しばかり自分に酔っていたのかもしれません。まるで自分を中心にして世の中が動いており、自分一人に島の命運が託されていると感じていた節があります。こんな酔っ払った状態では、またドラコに『死ぬぞ』って言われるところでした」


 ソレインが口笛を吹いた。


「なるほど。公子の人懐っこさは、頑固さがなく、まだ子ども、いや実際に子の年齢なのですが、その子どものような素直さを失っていないところなのかもしれないな。ドラコ隊を束ねるには、もってこいの人物のようだ」


 自惚れるには、大切な人をうしないすぎた。

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