鬼の首
次の日、俺は師匠と町外れの広場まで移動し修行の続きだ。
やることは一昨日と一緒だが、昨日の夜ぐっすり寝た為か体の痛みもだいぶ和らいでいた。
とはいえ、全く痛くないわけでは無く、素振りの時でも時々痛みが走り、師匠にはいらん力が入っているからだと型を直される。
午後からはまた地獄の打ち合いだ。
一昨日と変わることなくシバキ回され、ヨロヨロになって宿へと帰って行く。
宿に戻り、昨日と同じように飯を食い、天溌の修業をしていると、ふと気になる事が浮かんできた。
俺は目を開け、師匠に尋ねてみる。
「なあ、師匠。この宿に払った銭ってどうやって稼いだんだ?」
鬼である師匠がどこぞで仕事をしているとは考えにくい。どうやって稼いだのか疑問に思い聞いてみる。
「妖を斬る依頼が出されている事が稀にある。それで路銀を稼ぐ事が多い」
「へー、そんな依頼があるのか……」
「人里から離れた村で受ける時が多い。武僧や陰陽師から依頼が出る事もある。武僧は直接妖と対峙する技を持っているが、陰陽師は基本直接戦う事は無い。術で祓うか式神に戦わせる為、術者を守る盾を必要とする場合がほとんどだ。武僧と組んでいる場合もあるが、多くは刀人に依頼を出す」
「なるほど……そんなに都合よく刀人っているの?」
「俺の様に放浪している刀人は少ない。多くは里から派遣されるが、間に合わないと判断した場合は触れを出して募集する。受けるものが居なければそのまま討伐に向かうらしい」
「らしい?」
「俺は触れを見かけて受けなかったことは無い。だから集まらなかった場合の事は人伝手に聞いただけだ」
「この旅でも見かけたら受けるのか?」
「そうだ」
当たり前の様に答える師匠。
師匠が妖退治に参加している間、俺はどうしたらいいのだろうか?と考えるが、
「当然お前も連れて行く。その時に死にたく無ければ早く天溌を覚えろ」
鬼か!?鬼だった!!
襲って来る妖だけでなく、こちらから突っ込んで行く事がわかった俺は、今までよりも集中して天溌の習得に励むのだった。
翌日、宿を引き払い、また移動を開始する。
今日も体の痛みを覚悟していたのだが、思ったより痛くは無い。自分の変化に戸惑っていると師匠が理由を教えてくれた。
「体の中で氣が巡り始めている。その為体の回復が早まっているという事だ」
天溌は力が上がるだけでは無く、体の治癒力も上げてくれる様だ。
ならば一日でも早く天溌を覚えなければ!と気合を入れ街道を進んで行く。
体の痛みも少ないため、前回の移動と比べてスイスイと進めた。昼前には次の村に到着でき、今日はここで泊まることになるのか?と考えていたが、師匠はズンズンと歩き村を通り過ぎようとする。
ん?んん?と思いながら師匠に聞いてみると。
「ここで休んではお前に体力がつかん。次の町まで行く」
と振り返りもせずに答えを返してきた。
スタスタと歩いていく師匠について行くため、俺は必死に足を動かした。
なにやら村を過ぎてから歩く速さが上がっている様な……
数度の短い休憩を挟み、日暮れ前に次の町に着くことが出来た。
「今日は飯屋で食事を取り、寺の軒先を借りることにする」
「はぁ…はぁ…はぁ……はい」
棒のようになった足を動かし、師匠の後ろをついて行く。
町中で見つけた適当な飯屋に入り、席に着く。初めて飯屋に入った俺は辺りをキョロキョロ見回しながら、厨房から立ち込める匂いに鼻を鳴らし笑みを浮かべる。
「いらっしゃーい、なんにします?」
飯女が寄ってきて注文を聞いてくる。
「俺は酒と肴を。コイツには適当に飯を出してやってくれ」
「毎度ど~も」
師匠は簡単に注文し、2人で料理が出てくるのを待った。
そして師匠の前には徳利と杯、それと小鉢が置かれ、俺の前には盆に載った料理が出される。
俺は手を合わせ、いただきますをすると、目の前の飯に食らいつく。
師匠は酒を飲みながら小鉢を突いていた。
最後の焼き魚の残りを頬張り、咀嚼しながら膨らんだ腹を摩っていると数人の客が店に入って来る。
俺達の時の様に飯女が寄って行くと声を上げた。
「ああ~、これはこれは千代丸様!ようこそおいで下さいました」
俺は声の方を何気なく見ると、へこへこと頭を下げる飯女の背中が見え、その向こう側に3人の男が立っていた。
「おお、女将。酒と飯を頼むぞ!銭ならたっぷりあるからな!!」
「ええ、ええ ささ、こちらにどうぞ」
女将と呼ばれた女に案内された3人の男たちを見ていると、その中の1人に見覚えがある。
誰だったか?と口から出た魚の尾っぽを押し込みながら良く見てみると、あの時、妖を討伐する為に兵を率いていた男だった。
俺が綾姉に引かれ、村の外へと出ようとしていた時、後ろから何かを投げつけ、俺達を囮に村の外へ逃げ去って行ったヤツだ。
なぜあいつがここに?と呆然と男を見ていると、仲間内で大声で話し始めた。
「この前は大手柄だったんだよなー!」
「ああ、山奥の妖狩りで鬼の首を取って来たんだろう?その手柄で藤様に随分な褒美をもらったそうじゃねーか」
「それだけじゃねー。藤様から正式に御取立ての声が掛かったんだろ?」
「大出世だな!!俺達の事も口利きしてくれよ!」
仲間の2人がそう囃し立てる。
千代丸と呼ばれた男は、まあまあと仲間を宥めるが満更でも無い顔だった。
「よせよせ、御取立ての話も内々の話だ。あまり大きな声で言うもんじゃねーぞ」
そういって仲間に声を絞らせるが、顔は締まりのないニヤケ顔だ。
俺は最初あの男たちが何を言っているのか理解できなかった。しかし、段々と話している内容が頭に染み込んでくると、立ち上がって大声で叫んだ。
「嘘つくな!!!!」
俺の声に店の中の全員が俺に視線を向ける。だが、今の俺はそんな事はどうでもよかった。
「嘘つくんじゃねーーよ!!お前は逃げただろうが!!!」
千代丸と呼ばれた男を睨みつけ、俺は腹の底から大声で糾弾する。
すると、千代丸も最初はポカンとしていたが、次第に顔が真っ赤に染まり、立ち上がって言い返してくる。
「なんだと?!クソガキ!!!俺が法螺吹きだといったかぁ!!!」
「ああそうだ!!!お前等が妖を村に引き込んで!!皆が食われてる間に逃げたんだ!!!!」
怒りで目の前が真っ赤になった俺は、自分を止めることが出来なかった。
いや、止めるつもりも無かった。心の中に溜まっていた怒りをここで全てぶちまける様にさらに声を上げる。
「お前は俺と綾姉をおと……!」
囮にして逃げたんだと言おうとすると、立ち上がった師匠に口を塞がれて声を出せなくなる。
邪魔をするなと師匠を睨みつけるが、布の奥の鬼の眼に睨まれているのを感じ、沸騰していた俺の頭は急に冷え始める。
だが、嘘だと糾弾された男の仲間たちは収まらず、大声で喚き出した。
「嘘なもんかよ!!証拠だってあるんだからな!!!!」
「そうだ!!お屋敷近くの河原に鬼の首が晒されてんだ!!嘘だと言うなら見に行ってみろ!!法螺吹き坊主!!!」
その言葉に再度頭に血が上り、師匠の手を退けようと力を入れるが、師匠の手は外れることは無く「勘定だ」と台の上に銭を置くと、俺を引き摺って店を出て行く。
店から出て行く直前、千代丸の顔をもう一度睨みつけてやると、あいつは何かに気付いたような顔をし、表情を険しく歪めるのが見えた。
師匠に引き摺られながら寺へと入り、一晩の宿を頼んだ。
寺の和尚様は快く応じてくれ、軒先では無く、納屋の中に案内してくれた。
だが俺の胸の中では抑えきれない怒りが渦巻いており、全く眠る気になれなかった。
「師匠、河原に鬼の首が晒されてるって……」
「ありえない。妖も鬼も斬れば塵となって消える。曝されているのは偽物だ」
「でも、師匠みたいに人から鬼になったヤツなら・・・・」
「鬼とは人から妖に転じた者のことを言う。俺の様に妖に憑かれた者や、憎悪を持って他者を殺め、穢れを纏う様になった者たちの事だ。例外は無い」
「………」
ならば河原に晒されているのは村を襲って来た妖とは関係のない物と言う事だ。
あの男には腸が煮えくり返る思いだが、もう2度と会うまいと考え俺は目を閉じ眠ることにした。
どれくらいそうしていたかは分からない。
虫の鳴く声を聴きながら目を閉じていた。
しかし、どうにも鬼の首とやらが気になって仕方がない。
起き上って少し離れた所に座っている師匠に目をやると、眠っているらしく身じろぎ一つしなかった。
「……」
俺は立ち上がり、音を立てない様納屋から出て行くと、河原に向かって走り出す。
今日は月も出ていて道も開けている。俺でも十分河原まで行けるはずだと足を動かし、河原へとたどり着く。
辺りを見渡しそれらしき物を探すと、川のすぐ近くに台が置かれておりその周りには縄張りが張られていた。
俺はゆっくりと歩き縄張りに近づいていく。
近づくにつれ、台の上に何かが置かれている事が見えてくるようになった。
(あれが鬼の首か……)
獣の首を細工したものであって欲しい。それなら鼻で笑ってやり過ごすことが出来る。そう願いながら台に近づいていくと、大きさから見て人の首の様だ。
嫌な予感を押し殺し、縄張りのすぐ近くまで行くが今は月に雲がかかっており、首の様子がよく見通せない。
しばらく待っていると、漸く月に掛かっていた雲が流れ、台に置かれた首がはっきりと見える様になった。
「…………とーちゃん………」




