修行開始
三徳寺を出発して3日。
俺達は街道をテクテクと歩いていた。
……いや、テクテクと歩いているのは師匠である九鬼のみで、俺は父の刀を杖の様につき、這う這うの体で師匠の後についていく。
ある程度距離が離れると、師匠は俺が追い付くのを待ってくれるが、俺の手助けはしてくれない。
戦い方を教えてくれとは俺が言い出した事なので文句を言うつもりは無いが、これはちょっと厳し過ぎるのでは無かろうか?
何故俺がこんな有様になっているのかと言うと、寺を出てから初日の夜。
俺達…いや、俺はまたあのサルに似た妖に襲われることになった。
日が落ち、暗くなった山道を歩いていると、山の中から何かが駆け下りてくる音が聞こえてくる。
すると師匠が立ち止まり、俺を庇う様に腰に付けた刀を鞘ごと引き抜く。
すると藪の中から3体の妖が飛び出してきて、次々に俺を目掛けて飛び掛かって来たのだ。
師匠は刀を引き抜くと、目の前の妖に正面切りを放ち、返す刀でもう1体を切り裂いた。
そして鞘は逆側から俺に食らいつこうと飛び掛かって来る1体を打ち据え、高々と打ち上げる。
幾ら妖とは言え、空を飛べるわけではないらしく、くるくると回りながら落ちてくる。
妖はその手の指を鋭い鉤爪の様に変化させ、師匠に向かって振り下ろそうとするが、それよりも先に3度振るわれた刀によって切り刻まれることになった。
最後の斬られた妖は、他のモノ達と違い、ボロボロと崩れて行く体を引きずりながらも俺へとにじり寄ろうとしている。
消えるその瞬間まで俺を睨み据えていたその眼は、憎々しい色を湛えたまま塵となって消えて行った。
「……なあ、九鬼さん。あの妖・・・なんで俺に向かって来たんだ?」
「食らう為だろう」
「それは分かるんだけどさ。どうして俺なの?今日の3体は全部俺を狙ってたように思うんだけど・・・」
「一度妖と遭遇した者は縁が出来る。それのせいで他の人間より妖と遭遇したり狙われる可能性が上がる傾向がある。お前は遭遇どころか接触もしているだろう?他の者達より襲われる可能性は跳ね上がるはずだ」
俺はその言葉を聞き震えあがった。
俺には妖に対抗する術は無い。もし、九鬼と離れた状態で襲われたらひとたまりも無い。
俺達はそのまま歩き続け、風よけに良さそうな橋の下に腰を下ろし火を起こした。
九鬼がパパっと取って来た魚を枝に差し、火で炙っている時、俺は意を決して九鬼に頼むことにした。
「九鬼さん、俺も妖と戦えるようになりたい」
「……」
九鬼は焚火を挟んだ向かい側に腰かけ、パチパチと爆ぜる焚火を見ていた。
「俺もまだ死にたくないし、家族や村のみんなを殺したアイツラが憎い……俺も、あいつらを殺す技が欲しい!」
「……」
「俺もあんたと同じような刀人になりたい!!だから…!!!」
「妖と戦い、祓えば縁はさらに濃くなっていく」
九鬼は俺の言葉を遮りそういってきた。
「刀人は陰陽師や武僧とは違い、魂を燃やし、命の力を高めて妖と戦う。その力はアイツ等からすると御馳走だ。狙われる頻度も高く、古い存在を呼び寄せる事にも繋がる」
「……」
「刀人は老いれば戦う力も失っていく。そのほとんどは病に倒れるか妖に食われ、真面な最後を迎える事などほとんど無い」
俺は刀人の最後を聞きギリリと歯を鳴らした。
膝の上に置いた拳の中で爪が手の平に食い込み、拳が震えてくる。
それでも…
「……それでも妖と戦うか?」
俺の答えは変わらなかった。
「…戦う!」
俺は九鬼を真っすぐに見つめ答えを述べる。九鬼は視線を上げ、俺の顔を見返し「わかった」と返してくれた。
その次の日から刀人としての修業が始まり、日が高い間は剣技の修業、夜に天溌という氣を練り硬め、一気に力を上げ妖を斬る方法の修行を行うようになった。
昼の修業は1日置きで、修行と移動を交互に行う事となり、夜の修業は毎日行うと決まった。
決まったのだが……
昼の修業が まあ辛い。
午前中は刀の基本的な振り方を教わり、八つの斬撃を只管素振りで体に叩き込む。
これは良い。師匠はずっと俺の振りを見てくれて、間違った振り方をしていると直ぐに直してくれる。他にも刀の握り方や力の入れ加減も説明してくれ非常に分かりやすい。
だが、午後からの修業が地獄だった。
俺は抜き身の刀を、師匠は落ちていた枝を持っての打ち合う稽古なのだが……
俺は打たれ、突かれ、払われ、転がされた。
骨に響く様な攻撃は一度も無かったが、体中痛くて痛くて仕方がない。
だが、旅に出る前に「泣き言を言えば置いていく」と言われている為、俺は必死に立ち上がって師匠に掛かって行った。
日が落ちる頃には立派なぼろ雑巾にされ、河原に突っ伏す。
河原の砂利が体に突き刺さる様で痛い。俺はここまで河原の砂利を憎々しく思った事は無かった。
また師匠が取ってくれた魚を食い、夜の修業を行う。
天溌の修業は単純で、目を閉じて座り、丹田から湧く力が体の中を満たすことを想像しろと言われた。
「……力ってどんな感じ?」
「最初は分からないものだ。やっていれば掴めてくる」
そう言われ、俺は言われた通りに修業を始める。
初日の夜はサッパリ分からなかった。
師匠によく分からんと言った所、直ぐに出来たら世の中刀人だらけだと言われた。
……それもそうか。
そして今日、朝から峠道を歩いているのだが…
全身が痛い。
脚や腕、腹…というより痛くない所が無い。
あれだけボテクリ回されたのだから当然なのだが、この体で峠道は地獄だった。登りも辛ければ降りも辛い。
ヨロヨロと歩く俺の進みは遅く。
町に着いたのは日が暮れる寸前の事だった。
宿を取り、部屋に入ると俺は床の上に崩れ落ちる。
「もう動けない…」
「飯の準備が出来るまでに体を拭いて天溌の修業だ。寝ている暇は無いぞ」
ぶっ倒れた俺を見ながらそんな事をいう鬼の様な師匠。
…そういえば鬼だったな…この人。
宿の人が持ってきてくれた桶と手拭いで体を拭き、座禅を組んで天溌の修業を始める。
師匠は体の奥に集中しろと言うがどういうことなのだろうか?
丹田に集中しようと思ってもぐーぐーなる腹の音で集中できない。
本当にこれは意味があるのか?などと考えていると飯が運ばれて来た。
一旦修行を中断し、運ばれて来た飯の前に座り、俺は目を輝かせる。
膳には山盛りの米と獣の肉と魚、それと具沢山なみそ汁が置かれていた。
俺は今まで生きてきてここまで豪勢な晩飯を見た事が無く、口の中にしみ出してきた涎を飲み込み食っても良いのか?と気持ちを込めて師匠を見た。
だが、師匠の前に置かれているのは徳利と杯のみ。
飯の類は置かれていなかった。
「……師匠は食わないのか?」
俺が訝しげに尋ねると、師匠は杯に酒を注ぎながら
「俺は食う必要が無い」
と言った。
そう言えば昨日もその前も魚を食ったのは俺だけだった気がする。
三徳寺に居た時もそうだった。俺は師匠が食事をしている所を見た事が無かった。
「本当に?」
「厳密には違うが、普通の人の様に毎日食事を取る必要は無い」
「……そっか」
鬼となった師匠は飯を食わなくても良いのかもしれない。だが、俺は自分だけこの飯を食うのは戸惑われた。
「…刀人の修業を始めたお前は食う事も修行だ。とっとと食え。残せば叩きのめす」
そう言うと、師匠は酒をグイッと飲みほした。
俺は師匠から膳に目を向け、飯に箸を伸ばす。
言われなくても残すものかと一心に食らい、昨日今日の疲れを癒さんと飯を腹に落としていった。
たっぷりと飯を食らい、ぱんぱんになった腹を撫でながら床に寝っ転がる。
「ああ~~、食った食った」
満足げにそういう俺に、
「食ってすぐに寝転がるな」
と師匠から注意を受ける。
俺は直ぐに体を起こし、師匠に問うた。
「どうしてダメなんだ?」
「その癖がつくと食ってすぐに動けなくなる。それは刀人に取っては隙となるからだ」
なるほど、と思いはしたが酒は良いのか?とも思った。
俺の考えている事を見透かしたのか
「俺は酔わん」
と言って来る。
「酔わないのに飲むの?」
「……味が良い」
なるほど、師匠は真正の酒飲みの様だ。
この謎の多い師匠の事が1つ知っている事が増えた。
「天溌の続きをやれ」
俺がしょうもない事を考えていると師匠に修業の続きを促される。俺はもう一度座禅を組み、丹田から発せられるという力が体の中を巡っている想像を続けるのだった。




