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旅立ち

若いお坊様に案内され、綾姉がいる部屋へとやって来た。


俺が寝ていた部屋とは違い、障子戸では無く木張りの扉であった。中に入ると四隅に蠟燭が立てられており、窓も無く薄暗い。

部屋の中にはお香の様な物が焚かれ、嗅ぎなれない匂いが鼻を突いた。

綾姉はその部屋の中央に寝かされており、俺達が入っても反応らしきものは何もない。

若いお坊様は目を覚ましたと言っていたが、もう一度寝てしまったのだろうか?


若いお坊様を避け、布団の中にいる綾姉に近寄り顔を覗き込む。


「・・・綾姉?」


綾姉は確かに起きていた。

しかし、唯目を虚ろに開き、天井を見つめるだけで俺の声にも反応を返さない。

顔色は青白く、目にも唇にも生気がない。

胸が動いているため生きている事は分かるが、それが無ければ死んでいると思っても可笑しくない顔だった。


「綾姉!」

俺はさらに大きな声で呼びかける。

両肩に手を置きゆさゆさと揺すってみるが、それでも反応を返さなかった。

「お坊様!!!」

俺は振り返り、お坊様に問いかける。

どうして綾姉が生きる屍の様に成り果てているのか。

「・・・・・恐らくじゃが、傷口から穢れが入り、心を壊してしまったのやもしれん・・・・」

お坊様は沈痛な表情でそう口にする。

「でも!穢れは祓えたって・・・・!!!」

「すまん・・・ワシも妖の全てを知っている訳ではない・・・・・・・だが、九鬼なら何か知っておるかもしれん・・・か・・・・空斎、九鬼を呼んできてくれ」

お坊様が若いお坊様に小声で何か頼むと、彼は部屋を出て行ってしまった。

「お坊様!!」

「まあ待て。もしかしたらこの娘がどうなっておるのか分かるかもしれん」

お坊様にそう言われ、俺は綾姉の前に座り込む。

頭の中を嫌な予感がぐるぐると駆け巡り、心臓が早鐘の様に鳴り始める。


暫くすると、扉の方から「連れて参りました」と若いお坊様の声が聞こえてくる。

俺は扉の方へと目を向けると、そこにはあの男が立っていた。

「呼んだか?顕正」

「・・・すまんの、九鬼。この娘を見てやって欲しい」

九鬼と呼ばれた男は、綾姉の側まで来ると膝をつき眼を覆っていた布を外す。

そしてあの異様な眼で綾姉を覗き込むと、「ふむ」と一声上げる。

「これは穢れによる混濁では無いな」

「それではどうにか出来るのか?」

「・・・いや、俺ではどうにもならん」

「そんな!!!」

九鬼の言葉を聞き、俺はまた大きな声を上げてしまった。

俺は共に助かったと思っていた綾姉まで失うと言うのだろうか・・・。

俺の胃は鉛を詰められたかのように重くなり、嫌な汗が噴き出してくる。

「この娘は妖に憑かれてしまっている。憑いたモノが力を失っているためこの様な状態で留まっているが、妖が力を取り戻せば、この娘は鬼へと変わっていくだろう」

九鬼はそう言うと布で眼を覆い始める。

「何とかならんか?」

お坊様が九鬼にそう聞く。

布を縛り終えた九鬼は顔を上げると、一つの希望を口にした。

「京の陰陽師が魂別けの技を持っていたはずだ・・・・だが、随分昔の話だからな・・・技を継承しているかどうかまでは知らん」

「京か・・・・」

お坊様は険しい表情を受かべ、京の名を口にした。

「あそこは魑魅魍魎の巣になっておると聞く・・・・技を継承していたとしてもこの地まで来てくれるとは思えんが・・・・」

2人の話を聞き、俺は床に頭を擦り付けて叫んだ。

「お願いします!!!綾姉を助けて下さい!!!」

2人の眼が俺を見ている事が分かった。

京と言う場所が何処にあるのかは知らない。その魂別けという技がどの様な物かもわからない。

でも綾姉をこのままにしておくことは出来ない。ましてや、あのバケモノ共と同じような存在に変化するのをただ見ている訳には行かなかった。

「俺に出来る事なら何でもやります!!!だから!!!だから・・・・!・・・綾姉を助けてえぇぇぇ・・・・・・・」

もう枯れたのではと言うくらい泣いたはずの目から、また涙が溢れ出てくる。

助けて下さい助けて下さいと頼み続けている俺にお坊様が声を掛ける。

「小僧、何でもすると申したか」

その言葉に俺は頭を上げ、「やります!」と答える。

「・・・・九鬼や。お主、この小僧と京へ上って貰えんか?」

その言葉を聞き、九鬼は首を傾げる。

「・・・・俺がか?」

「そうじゃ。乗り掛かった舟じゃ。なんとかしてやれ」

「・・・・・・」

九鬼が俺の方へと顔を向ける。

俺は九鬼の布の向こうにある眼を真っすぐに睨み返した。

「・・・・小僧。何でもすると言ったな」

「はい!」

「もし弱音を吐こうものなら捨てて行くぞ」

「・・・わかった!!!」


こうして、俺は綾姉をこの寺へ残し京へと旅立つことになった。


あの日から5日が過ぎ、俺は色々な事を教わった。

俺達の村があった場所は伯耆国と言われる場所だそうで、京はここからずっと東にいった場所にあるそうだ。

街道に沿って歩いていくだけでも1月以上かかるとの事。

旅には相応の危険があり、準備はしっかりしなければならないと言われ、俺は顕正様に旅装束を頂くことになった。

あ、俺がずっとお坊様お坊様と呼んでいた方は、一般的に和尚と言われる位の高いお坊様なのだとか。

名前は顕正と言うらしく。お坊様だったり和尚様だったりと呼ぶのがややこしいので俺は顕正様と呼ばせてもらう事になった。

ちなみに、綾姉が起きた事を知らせてくれた若いお坊様は空斎様というらしい。

彼はまだ修行中の身で、顕正様の付き人の様な感じだそうな。このお寺は、この山の名前にちなんで三徳寺というらしい。

武僧の才がありそうな者達が修行し、この辺りの妖に対抗する為の拠点にもなっていると教えてもらった。

そんな寺に何故鬼である九鬼が居るのか?と聞くと、顕正様が理由を話してくれた。


「ワシはの、童の時、九鬼に助けられたのじゃ」

顕正様が言うには、両親が行商を生業としていたらしく京と九州を行き来し、様々な交易品を売買して食っていたらしい。

そこそこの儲けがあったらしいが、両親が一つ所に留まる気性では無かったらしく、幼いころから両親に連れられ、彼方此方旅をしていたそうな。

そしてこの伯耆国の辺りを通っていた時に妖に襲われたのだと言う。

この三徳寺の近くであったため、武僧達が駆けつけてくれたのだが、その妖が非常に強力であったらしく武僧達も傷を負い倒れて行ったと言う。

このまま食われて死ぬのかと家族と塊り、震えていた所に九鬼が現れ、激闘の末に妖を倒したのだと言う。

九鬼はまだ息のある武僧と顕正様達をこの寺まで運び入れ、去って行ったのだと聞かせてくれた。


「ワシ等は穢れを浴びており、それを祓わなければ真面に動く事も出来なくなってしまったのでな。しばらくこの寺で厄介になっておったのだが、ワシには武僧としての才があると当時の和尚様に言われ、ここで修業を付けてもらう事にしたのよ。それから1・2年に一度ほど、九鬼はふらりと現れ、またいなくなると言う事を繰り返しておった。何度か稽古を付けてもらった事もある」

「へ~・・・九鬼の稽古ってどんな感じだったんですか?」

俺がそう問うと、顕正様は遠い目をして

「・・・あまり思い出しとうないの・・・・」

とポツリと言葉を漏らす。

「まあ、あれのお陰で妖に後れを取ることは無くなったが・・・・」ボソボソ

顕正様は何やらぶつぶつと言い始める。

そして何かを思い出したかのように顔を上げると、一振りの刀を俺の前に置いた。

「そうじゃ、これをお前に渡しておこう。何やら九鬼が拾ってきたようで、お前に渡してくれと言われとってな」

それは父が持っていた刀だった。

鞘が無かったはずだが、今は白鞘に納められたそれを俺は手に取る。

「鞘は急ごしらえ故、気になるならちゃんとした職人に拵えてもらうと良い」

「・・・はい、ありがとうございます」

俺は刀をぎゅっと握りしめ、顕正様に頭を下げて礼を述べた。



翌日、俺は九鬼が拾って来た父の刀に紐を括り付けて背負い、顕正様から頂いた旅装束を身に着け門前に立った。

「綾の事は気にせんでいい。ワシらがしっかり面倒を見るでな。気を付けて行ってこい、信之助」

「はい、お世話になりました」

俺は見送りに来てくれた顕正様に頭を下げる。

「九鬼も信之助の事を頼んだぞ」

俺の隣に立っている九鬼は頷くように頭を動かした。

布の奥の眼が俺を見ている様な気がする。


九鬼が歩き始めると、俺はもう一度顕正様に頭を下げて小走りで九鬼に追いつく。

これから綾姉を元に戻す為に京に向かう。


(待っててくれよ!綾姉!)


そう気合を入れて歩く俺はまだ知らなかった。

この旅が想像を遥かに超える長旅になり、かつ過酷なものになると言う事を。


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