妖と戦うには……
遠くの山の向こう側が明るくなってくる。
もう暫くすれば、山から太陽が覗きこの庭にも朝日が差し込むのだろう。
その光景をボーっとしながら眺めていると、寺の小僧さん達が掃除道具を手に庭にまでやって来た。
そして縁側に座っている俺を見つけると、1人が俺の方まで駆け寄り声を掛けてきた。
「起きられたんですね。体調の方は如何でしょうか?」
「えっと、大丈夫です。ありがとうございます」
「いえ、かなりの瘴気を浴びていたので心配しました。見た所生気も戻っていらっしゃるみたいですので、もう安心ですね」
小僧さんは竹箒を手にニコニコと笑顔を向けてくる。
瘴気だの生気だの聞いたことの無い言葉が気になったが、一番の気がかりである綾姉の事を聞いてみた。
「あの、綾姉は・・・?」
あの男から綾姉は助かったと聞いていたが、どの様な状況になっているのか聞かずにはいられなかった。
「あの女の人ですね・・・・はい、まだ眠っていらっしゃるようですが、穢れも抜けた様ですし今日にも目を覚まされるのではないかと和尚様が申しておりましたよ」
その言葉に心底ほっとする。
「そうですか・・・教えてくれてありがとうございます」
俺は小僧さんに頭を下げお礼を述べる。
「・・・・もうすぐ朝餉の準備が出来ると思います。準備が出来ましたらまたお声がけさせて頂きますね」
小僧さんはそういうと、他の小僧さん達と一緒に庭の掃除を始めるのだった。
俺は特に何もすることが無く、その様子を眺めながら徐々にこちらを照らす太陽の光を浴びていた。
そのまま暫く庭を眺めていると、別の小僧さんが現れ、朝飯の準備が出来たと伝えてきた。
俺は縁側から立ち上がり、その小僧さんの後について行くと、ある小部屋に通される。
そこにはお膳が1つ置かれており、その上には朝飯が置かれていた。
「ここ数日、お食事をされていませんので、ゆっくりお召し上がりください」
小僧さんは俺をそのお膳の前に座らせると、俺に頭を下げて部屋を出て行った。
俺は再度お膳に目を落とす。
お膳の上には小魚の焼き魚、みそ汁、焼きナスが混ぜられた粥に漬物が乗せられている。
朝飯の匂いが俺の鼻に入り込むと、今までうんともすんとも言わなかった胃袋がグルグルと音を立て始めた。
はやる気持ちを抑え、先ずはみそ汁から口に運んだ。
まだ湯気が立つほどに暖かく、口に含むと優しい塩気と旨味が口の中に流れ込んでくる。
それを飲み込み、ほぉ と息を吐くと、小魚に齧り付く。
頭から勢いよく齧り付いたが、小僧さんからゆっくり食えと言われていたことを思い出し、噛む勢いを落とし、シッカリと噛み砕いてから飲み込んだ。
次は焼きナスの粥を手に取る。
それはお米の粥で、粟や稗は入っていない。
俺からすると、正月か何かの御祝い事が無ければ食べられないお米の飯だ。
粥に箸をつけ、啜り込みながら口に流し込む。
粥はほんのりと塩気を感じ、焼きナスの柔らかい感触と甘みが広がった。
俺は目の前に出された朝飯を食べながら、ぐずぐずと泣き出してしまう。
まず命が助かったという安堵を覚え、次に家族をほとんど失ってしまった喪失感が胸に湧き上がって来る。
だが、綾姉だけは助ける事が出来たという思い。
それらがぐしゃぐしゃに混ざり合い、堪え切れずに涙として溢れ出てくるのだった。
「・・・・ぐず・・・・うぅぅ・・・・ぐず・・・・・ううううううぅぅぅぅ!!!」
出された飯を全て平らげ、生きている事を実感した為に、真面に動き始めた心の中で様々な感情が混ざり合い嗚咽を止めることが出来ない。
父や母、幸姉の顔が浮かび、村ぐるみで支え合いながら生きてきた人たちの事が頭に浮かんで来る。
なぜあんな事になったのか。
その考えが頭から出て行かず、蹲りながら涙を流し続けたのだった。
どれくらい蹲っていたのか分からないが、漸く心が落ち着き涙が止まる。
このまま蹲っている訳には行かない。まだ綾姉は生きている。
そう思い顔を上げた時、障子戸が開きあのお坊様が部屋へと入って来た。
「心は落ち着いたか?」
泣いていたことを見られた俺は、急に気恥ずかしくなり急いで涙を拭う。
「はい、それで・・・」
「あの女子はまだ目覚めてはおらん。起きたら知らせる故、それまで待っていなさい」
言葉を遮られ、俺は口を噤む事になる。
お坊様は俺の前にまで来ると、座り俺の眼を見て聞いてきた。
「他に聞きたいことは無いか」
俺はお坊様の眼を見て、どうしても知りたいことを聞いた。
「・・・どうして村はバケモノに襲われたんですか?・・・あれは一体なんなんですか?」
「うむ・・・・まずは村を襲ったと言うバケモノ。あれは妖と呼ばれている存在での」
「妖・・・・」
父達が倒そうとしていた山に巣くっていたのがあのバケモノ達だったのだろう。
「あれらがどうして現れるのかは定かではない。しかし、世が乱れる時、あれらは必ず人里に現れ悪さをするようになる。恐らく、人の無念 怨念に寄って来るのだろうと考えられておる」
「・・・・・でも、村にそんな悪念などありませんでした」
「そうかもしれんの。だからこそ、今まで何事も無く過せていたのだろう。しかし、その妖どもを刺激した者達がおった」
「・・・・領主様の兵達ですか?」
「そうなるな。妖は力も強く、常世の者達で抗う事は難しい。その為の技を磨き、継承してきた者達以外はな」
その言葉を聞き、俺はあの男の事を思い出す。
角棒で幾ら殴っても堪えなかったあのバケモノ達を、いとも簡単に葬った男の剣技。あれを習得できれば俺でも妖を倒せるようになるのだろうか?
「・・・・・・・止めておけ。あれは普通の人間には会得し難い技だ。それに、あの夜お前達を助けた男の力は手にしてはいけない類のものだ」
お坊様は俺の考えを見通したらしい。
「・・・あの人は一体・・・?」
「あの者は人ではない。妖に憑かれ、鬼となった男じゃ。本来であれば鬼となった物は見境なく人を食らい、破壊を振りまく恐ろしい存在なのじゃ。あの者はどういう理由かは分からぬが人の心を残しておるがの・・・」
「・・・・鬼・・・」
「故に、あの男と同じ力を求めてはいかん」
お坊様はそう言うが、俺は妖と戦う力を付けたかった。
またあの様な事に遭遇した時、ただ食われるだけの獲物では無く、あいつらを殺すことが出来る敵になりたい。
父や母、幸姉や村の皆の仇を取る為に。
「お坊様・・・俺は、アイツ等と戦えるだけの力が欲しい・・・・」
「・・・・・・・」
「あの時は逃げるしかなかった・・・ううん、逃げる事すら出来なかった・・・・・かーちゃんや幸姉を犠牲にしたのに!!!」
「・・・・・・・」
「俺は!!!!俺はあいつらを絶対に許さない!!!!」
俺の腹の中には、村の皆や家族を食らった妖への恨みが渦巻き暴れていた。
そして、ただ逃げる事も満足に出来なかった無力な自分への怒りも・・・。
「・・・・・・・妖と戦う力を持つ者は他にもおる。氣を操り刀や槍で妖を屠る刀人、星の力を操り術を使う陰陽師、我らの様な霊力を操り戦う武僧だ。他にも細々と自分達の流派を持つ者達もおるが、大きく分けるとこの3つになる。神職もあるが……あれはまた特別じゃな」
「・・・・あの男は何処に入るのですか?」
「・・・・・・ふぅ・・・あの男は刀人であろう。人であった時に教わったのか・・・・それとも、戦った刀人の技を盗んだのかはわからんが・・・・」
お坊様は難しい表情を浮かべながらも教えてくれた。
あの男が刀人ならば、俺も刀人になろう。なぜか俺はその時強く想ったのだった。
障子戸が開けられ、若いお坊様が部屋へと入って来る。
「和尚様、あの女子が目を覚ましました」
「!!!」
俺はその言葉を聞き飛び上がらん勢いで立ち上がった。
「ほう・・・・そうか。して、様子はどうじゃ?」
「・・・・・それが・・・・・・・・」
若いお坊様は表情を曇らせる。
それを目にした時、俺は心臓が痛むくらい不安に苛まれるのだった。




