助かった命
村の奥へと走って行ったこの男が何故ここに?
そう考えている間にも、男に切り裂かれた大猿の体は崩壊し、ボロボロと崩れ落ちていく。
辺りを見回すと、あれほど沢山いたサルのバケモノは居なくなっており、辺りには静寂が流れていた。
男は足元に落ちていた父の刀を拾うとコチラに向かって歩いて来る。
俺は綾姉を庇う様に立ちはしたが体が震えて仕方がない。それに、さっきの大猿に殴り飛ばされ立っている事すらやっとの有様だった。
この男は得体が知れなさすぎる。
父達を含めて30人以上の男たちが討伐に向かい、返り討ちにあったバケモノをたった1人で軽々と殺して見せた。
俺が無傷の状態でもこの男がその気になればハエでも潰すかのように殺されてしまうのは分かり切っている。
斬られるか!?と身を固めたのだが、男は俺を通り過ぎ、綾姉の前に屈み込んだ。
「ぁ・・・・・」
俺は声すら出すことが出来ず、男に手を伸ばそうにも体が言う事を聞いてくれなかった。
この男は一体なんなのだろうか?と考えていると、男は懐から布を取り出し自分の眼を隠すように巻き縛る。
そして綾姉を背中に担ぐと、今度は俺の方へと振り返り、俺の服の背中部分と腰帯を掴むと持ち上げる。
「・・・!」
ぷらんと宙吊りにされたかと思うと、男は一気に走り始めた。
夜の山道。月明りしかないこの道を目隠しをした状態で信じられない速度で駆け下りて行く。
最早頭を上げている力も無くなってしまい、俺はゴゥゴゥと風を切る音を耳にしながら意識を失った。
目が覚めると、俺は布団に寝かされていた。
ぼんやりする頭で周りを見回すと、木造の建物で障子からは日の光が差し込んでいる。
床は畳み張りでどう見ても俺達が住んでいる村とは異なる場所だった。
(俺・・・なんでこんな所で寝てるんだ?)
いまだぼんやりとしている頭で考えていると、漸く昨日の事を思い出した。
父が妖とやらを討伐する為、領主様の兵と山に入って行ったこと。結局父達は帰って来ず、逃げてきた兵達が連れてきたサルの様なバケモノに村が襲われた事。母と幸姉が襲われた事。
そしてバケモノに足を噛まれた綾姉と、俺達を助けてくれたあの男の事。
(そうだ!!綾姉!!)
俺と一緒に綾姉も運ばれていた。ならここに居るに違いないと布団を跳ねのけ起き上がろうとする。
しかし、動こうと思っても体に力が入らず布団を持ち上げる事すら難しかった。
「うぐぅぅ・・・・綾姉ぇ・・・・・」
大声を出したつもりだったが、俺の口から出たのは空気が抜けたような音で、辛うじて言葉になっているか?というものだった。
なんとか布団から這い出そうと藻掻いていると、障子の戸が開けられ、そこにはお坊様が立っていた。
顔には長い年月を生きて深い皺が刻まれているが、体格は大きく、体の芯が通った立ち姿をしていた。
「無理をするでない。童も非常に危険な状態だったのだぞ」
お坊様は穏やかな表情でそう言う。
しかし、俺の不安は否応に増すばかりだった。俺で危険な状態なら、綾姉はどうなのか。脚に深々と噛みつかれ、その後も身動き一つ取れなかったのだ。俺より深刻なのは間違いないと考え、お坊様に必死に問うた。
「綾姉は?何処に?」
もっと色々聞きたいことは有ったが、今の掠れ声ではこれが限界だった。
「・・・・あの女子か・・・・・今穢れを祓っておる。乗り越えられれば明日には会う事が出来るじゃろう」
穢れ?乗り越える?なんの事かさっぱり分からなかった。
「もう考えるな。今は眠って生気を戻しなさい」
お坊様は俺の額に手を当ててくる。
すると、不思議な事に気分が落ち着き、俺はまた、すぅーっと眠りに落ちて行くのだった。
次に目が覚めたのは、まだ日の出前の事だ。
今度は前よりも頭がハッキリしている。俺は上に掛かった布団を跳ねのけ、体を起き上らせる。
若干のふらつきはあるが立てない程ではない。俺は足に力を入れ、障子戸を開け外に出た。
辺りを見回すと、ここはお寺だったようだ。
(お坊様が居たんだから当然か・・・)
俺の目の前には綺麗に手入れされた庭があり、左右に縁側?が続いている。
さて俺はどちらに行ったものかと頭を悩ませるが、綾姉が要る場所が分からない。
何処に行けばいいのか分からないが、このまま此処でじっとしているのももどかしい。
どうしたものかとキョロキョロ辺りを見回していると、左側の廊下の奥からあの男が歩いて来るのに気が付く。
黒い蓬髪を1つに纏め、黒い着物を着たあの男だ。
あの不気味な目は布の奥に隠されており、今はあの妙な圧も感じない。
目隠しをしているのに随分すいすいと歩けるんだなと思ったくらいだ。
まあ、あの暗闇の中あれだけの速度で走り抜けることが出来るのだから、目隠しなど何の障害にもならないのかもしれない。
「起きれる様になったか」
男が声を掛けてくる。
「あ・・・はい、俺と綾姉を助けてくれて、ありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を述べる。
この男が来なければ俺達は確実に死んでいただろう。
そして、これはどうしても聞かずにはいられなかった。
「それで・・・その・・・村は?」
「お前達を除き全滅していた」
「・・・・・」
俺の問いに端的に答える男。
全滅は覚悟していた。あの数のバケモノに襲われれば、あの様な小さな村など瞬く間に滅ぼされてしまうだろうということは俺にも分かる。
だが、万が一の可能性も潰えてしまった。
俺は俯き、目の奥から湧いてくる涙をこらえることが出来なかった。
肩を震わせながら、必死に嗚咽を留めていると、俺の頭に男の言葉が降って来る。
「姉の命は助かった。あれはお前の手柄だ。下では無く前を向け」
その言葉に俺は顔を上げ、男の顔を見る。
その顔には目隠しの布が巻かれているが、その下の眼が俺を見据えているのがなんとなく分かった。
「寺の者が起きるまでもう少しかかる。お前ももう一度眠ると言い」
男はそう言うと、俺を通り過ぎて奥の角へと消えて行った。
男には眠れと言われたが、もう一度布団に入る気にはならず、誰かが起きてくる気配がするまで縁側に座り、庭を眺めているのだった。




