討伐
俺が何をやっても身じろぎすらさせられなかった影の頭が突然弾け飛んだ。
その衝撃で綾姉の脚を掴んでいた手の力が緩み、綾姉が地面へと落ちる。
俺は直ぐに綾姉に抱き着き、声を掛けた。
「綾姉!綾姉!!」
「うぐぅぅ!!!」
綾姉は顔を顰め、歯を食いしばり痛みに耐える。俺は少しでも影から離れようと、綾姉を引っ張り影から引き離す。
ある程度距離を開け、顔を上げると、体がボロボロと崩れ落ちて行く影の向こう側に1人の男が立っていた。
その男は、黒い蓬髪を後ろで束ね、髪と同じく黒い着物に身を包み、赤い鞘に入った1本の刀を手にしていた。
それだけならお侍様が助けに来てくれたと考えることが出来ただろう。
しかし、男の眼を見た瞬間に俺は声を出すことが出来なくなってしまった。
その眼は結膜は黒く、角膜は薄い紅色、瞳孔は縦に長く血の様な赤であり、おおよそ人とは思えない眼をしていた。
腕の中の綾姉を抱えたまま固まっている俺を一瞥した男は、後ろを振り返り飛び掛かって来ていた影に向けて刀を抜く。
一息に振り切られた一閃が影を切り裂くと、月明りに照らされた刃の残像が一筋の線を描く。
男の刀に切り裂かれ、胴体から真っ二つにされた影は地面に転がり、切り裂かれた場所から崩れ落ち欠片も残さずこの世から消えて行った。
男は1歩2歩と歩くと一気に駆け出し、一息の内に俺の視界から消えてしまう。
あっという間の出来事に俺は息をするのも忘れて呆然と立ちすくみ。痛みに呻く綾姉の声で漸く我に返ることが出来た。
「あ・・綾姉!」
俺は地面に膝をつき、綾姉の脚の具合を見る。
かなりの力で噛みつかれていたのだろう。肉に歯が食い込んだ跡がはっきりと見え、もう少しあの男が来るのが遅ければ嚙み千切られていたと思える傷だった。
俺は袖を破き綾姉の脚に巻き付けきつく縛る。
「綾姉!立って!!早く逃げないと!!」
「うぅ・・・無理・・・体が・・・うごか・・ない・・・」
「ここに居たら死んじまうよ!」
俺は動けそうにない綾姉を引っ張りながら村の外を目指す。
自分の力の無さをここまで恨んだことは今までなかった。今の俺に父と同じだけの力があれば、綾姉を担いで逃げることが出来たのに!
そう歯を食いしばりながら綾姉を引っ張る。
まだ子供の俺よりも大きな体の綾姉を引っ張り、もう少しで村の外に出られるという所で、近くに会った家をぶち抜いて、一際大きな影が姿を現した。
その影は先ほどまでの小さな影とは違い、輪郭がはっきりと見て取れる。
頭の部分はぼやけはっきりしないが、胴体は大きなサルといった風貌で手足は長く、一振りの刀を手に持っていた。
俺はその刀に見覚えがある。
その大猿はこちらを見つけると、他の影の様にニタァ~と笑ったような気がした。
だが俺は、そのサルが持つ刀に釘付けになった。
あの刀の鍔。
あれはとーちゃんが持って行った刀と同じものだ。
なぜあのサルがあの刀を持っているのか・・・・
決まっている。
あのサルが俺達のとーちゃんを殺して奪い取ったのだ。
・・・何なのだこれは?・・・
獲物を見つけた大猿が笑う
・・・昨日まで普通に暮らしていたのに・・・
ニタニタと笑いながら大猿がこちらに向かって歩いて来る
・・・なぜ俺達がこの様な目に遭わなければならない?・・・
大猿が手に持つ刀を振り上げた。
・・・俺達が何をしたというんだ!!!・・・
俺は激しい怒りと、一気に血が逆流したような感覚に襲われ、大猿に向かって突っ込んでいく。
「あああああああああ!!!!!」
大猿が振るった刀を掻い潜り、渾身の力で大猿の腹を殴りつける。
それでも角棒で殴った時と同じ感触が拳に響き、大猿にいっかな痛打を与えた様子は無い。
俺は大猿に殴り飛ばされ、綾姉が倒れている所まで転がされた。
視界が回り、四肢に力が入らない。
それでも立ち上がらねば。
綾姉をここで守らなければ!
皆に顔向けが出来ない!!!!
震える足に無理やり力を籠め立ち上がる。
生まれたばかりの小鹿の様な俺の姿を面白そうに眺める大猿。
こいつらは獲物を嬲る習性でもあるのだろうか?
だが、そんなことはどうでもいい。なんとかこの大猿を倒し、町まで綾姉を運んで治療を受けさせなければ。
そう考えている内にも大猿が近づいて来ており、もう一度刀を振り上げる。
あの刀に。
とーちゃんの刀に斬られるわけにはいかない。
そう思い震える足に力を込めた。
大猿が刀を振り下ろそうとした時、また一迅の風が吹き大猿の腕が切り落とされた。
気が付くと、俺の目の前にはあの男の背中があり、男の姿を認めた大猿は大声で咆哮を上げる。
しかし、男はその声に頓着することは無く、音もなく歩み寄ると大猿の首 腕 胴体を切り飛ばすと、こちらを振り返り刀を鞘へ納めたのだった。




