失敗 喪失 出会い
日が沈み、辺りからは虫の鳴く音すら聞こえない。
偶に吹く風が戸を叩き、僅かにカタカタと揺らすだけ。
普段なら寝床に入り朝日が昇るまで眠るのだが、今日は眠る気にはなれなかった。
4人で暗い囲炉裏を囲み、無言で山に出て行った父を待っていた。
窓も閉めているため月明りすら入ってこない。
膝に顔を埋めながら耳を澄ませ、外の気配を探り父が帰って来るのをひたすらに待った。
どれだけ時間が経っただろうか。
微かに人の声が聞こえたような気がした。
俺は膝から顔を上げ、窓の方へと寄って行く。
「信?」
母が俺に声を掛けてくる。
「今、声が聞こえたような気がした」
俺はそういい、閉めてある窓板を少し持ち上げ外の様子を伺う。
この窓からは山に繋がる道が辛うじて見える。必死に目を凝らし山道の様子を伺っていると、何人かの人影がこちらに走って来るのが見えた。
「帰って来た!」
俺はそう声を上げると、幸姉と綾姉も立ち上がり、俺の横から外を除く。
「誰?とーちゃん?」
「わかんない」
「・・・真っ暗だよ?」
彼らは持っていたはずの松明は持っていない様で、何やら喚きながら村に向かって走って来る。
「・・・なんだ?」
俺はその様子に疑問が浮かび、さらに目を凝らすと、彼らの後ろから獣の様な影が追ってきているのが見えた。
その影は彼らの後ろから飛び掛かり、1人に組み付くと地面に引き倒してしまう。その姿を見た他の男たちは悲鳴を上げ、引き倒された男を見捨て村の中に駆け込んできた。
「うああぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
「ダメだ!!!やっぱり来るんじゃなかったぁ!!!!」
そう叫んぶ男たちの後ろを見ると、複数の影が追ってきているのが見える。
「・・・・!!」
俺は声にならない悲鳴を上げ固まってしまう。
追ってきた影は男たちに飛び掛かり、引き倒すと、男たちの体に食らいついた。
「ぎゃああぁぁぁぁ~~!!!」
「痛い痛いいだいいだいイダイ!!!!!」
その声を聞きつけた村の住人たちは外に駆け出してくる。そして、目の前で良く分からないモノに貪られている男たちの姿を目にし悲鳴を上げた。
その声を聞いた影は、村人を視界に収めると手足?をバタバタと動かしながら駆け寄って行く。
「うああぁぁぁーーー!」
村人は急いで家の中に入り扉を閉める。しかし、影は扉に体当たりを行い、その衝撃で扉が軋みを上げる。
山道から次々に現れる影がその扉に飛び掛かると音を立てて扉が内側に倒れ込んだ。
その家の中から悲鳴が鳴ると、数匹?の影が家の中に飛び込んで行く。
ドタバタと逃げようとする音と悲鳴が聞こえてくる。
俺は全身が恐怖で硬直し、持ち上げた窓板を降ろす事も出来なくなった体で、唯一動く目玉を動かし他の影の様子を見る。
すると、俺と同じように窓板を上げ様子を伺っていた者が居たらしく、それを見つけた影が窓へと飛び掛かり格子を砕いて家の中へと入っていった。
その家からも悲鳴が鳴り響き、俺は全力で固まった体を動かし窓板を降ろす。
窓から離れる事も出来ず、同じように固まってしまった幸姉と綾姉と一緒にただ立ちすくむしかなかった。
そこに近寄って来た母が全員を腕に抱き、ゆっくりと座らせると小声で俺達に話しかけた。
「もし、家の中に入って来たらかーちゃんが囮になる。その隙にあんた達は逃げなさい!」
小さいが有無を言わさない声でそういう母。
俺はガチガチに固まった体を動かし母の顔を見上げる。
そこにはいつも柔和でニコニコ笑っている母はおらず、鬼気迫る表情を浮かべた母の顔があった。
「か・・かーちゃん・・・」
そう言っている間も外では何かが壊れる音や悲鳴が鳴り響いており、このままここに居ても助からない事は十分に分かった。
4人で唯一の出入り口である扉の方へゆっくりと移動していく。
すると、窓の辺りを突き破り、影が1匹家の中に飛び込んできた。
その姿は猿のようにも見え、体の輪郭はハッキリしない。全身から黒い靄の様な物が立ち上り、おおよそ生き物とは思えない姿をしていた。
それはこちらの姿を認めると、ニヤァと笑ったような気がした。手足を地面に着き、不規則に動かしながらこちらににじり寄って来る姿は、俺達の恐怖を煽ろうとしている様だった。
「逃げなさい!!!」
母が大声で怒鳴り、俺達の背中を押す。
幸姉が閂を外し、俺と綾姉を外に引っ張り出した。
駆けだそうとした瞬間、家の中から母の悲鳴が聞こえ、何かを食いちぎるような音が響いて来る。
頭の中が真っ白になり、全身の力が抜けて行くような感覚だった。
すると、ドン!と俺と綾姉は草むらの中に突き飛ばされる。
倒れて行く時、幸姉の横から、あの影が飛び掛かってきており、幸姉に食らいつくと家の中に押し倒していくのが見えた。
「ああぁぁ・・・さち・・ね・・・」
「信!立て!!」
綾姉が俺に掴みかかり引き起こす。
「逃げるよ!!」
綾姉は俺の腕を引き大とは反対の方向へと走り出した。
村の中はそこかしこにあの影が入り込み、この小さな村の中で暴れ回っているのが分かる。
何処の家も窓や扉が破られ、そこかしこが血で濡れていた。
村の道を懸命に走り、町へと続く道が見えて来た。
あと少し。
あと少しで村から出られると言う所で、俺の頭に何かが当たった。
その衝撃で目の前が揺れ、腕を掴んでいた綾姉も俺につられる様に倒れ込む。
何が起こった?
そう考えるより先に、俺達の横を駆け抜けて行く男が見える。
あの時、兵を引き連れて歩いていた一番立派な胴丸と槍を持っていた男が、何かを抱える様にして走って行く。
その男は、倒れる俺達に一瞬視線を向けると、そのまま駆けて村の外へと出て行ってしまった。
俺は立ち上がろうと腕に力を入れるが上手くいかない。
早く立って逃げなければと焦るも、体は言う事を聞いてくれなかった。
せめて綾姉だけでもと思った瞬間。強い衝撃を受け、俺の体は宙を舞い地面に叩きつけられる。
「ごふ・・・・」
地面に落ちた拍子に背中を打ち、肺の中の空気が抜け、息が出来なくなる。
揺れる視界を動かし、辺りを見回すと、綾姉の脚を持ち上げる影の姿が目に映る。
「いやあああぁぁぁぁぁーーー!!!」
綾姉の悲鳴に、俺はもう一度立ち上がろうと四肢に力を籠める。
震えながら体を起こす俺を見ながら、影は綾姉の脚に噛みついた。
「あああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
影の口からは綾姉の血が垂れ、その歯が足に食い込んで行くのが見えた。
「止めろーーーー!!!」
俺はすぐそばに落ちていた角棒を拾い上げ、渾身の力で立ち上がり、影に向かって駆け出した。
まだ頭を揺らされた影響か真っすぐ走れない。それでも視線は影から外すことなく駆け寄り、角棒を影の胴体に叩きつけた。
影に叩きつけた角棒からは、何とも言えない感触が伝わって来る。
なんだろう?粘度のある水の塊を叩いたような・・・
俺が放った攻撃は影の体を少し揺らすだけで大した痛手を与えている様子はない。一撃で効かないのなら何度でも叩いてやると角棒を振りかぶり、影に叩きつける。
しかし、影は哀れな獲物の抵抗を楽しむ様に徐々に顎の力を強めて行く。綾姉の悲鳴が大きくなり、足からもミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる様だ。
俺は涙を流しながら影を打つ。
しかし、影の動きを止めることは出来ず、いよいよ綾姉の脚が食いちぎられそうになったその時。
影の頭部がはじけ飛んだ。




