妖狩り
翌日、目が覚め母が蒸してくれた芋を齧りながら、両親に昼まで釣りをしてきていいか?と尋ねる。
今日は父も居る事だから、畑仕事を手伝うより魚を釣ってきた方が晩飯が豪華になるだろうと考えていたのだ。
俺の考えを見越したのかは分からないが、父はすんなりと許可をくれ、手にした芋を口に押し込むと納屋の中に仕舞っていた釣り道具と魚を入れる籠を引っ張り出す。
「沢山釣って来てよ~」
背中の方から綾姉が笑顔でそう言って来る。
俺はわかった~と答えながら川へと駆けて行った。
川縁に着くと、その辺の石をどけ、餌になりそうな虫やミミズを探す。
ある程度餌が集まると川のほとりに立ち釣り針を川の中へ投げ入れた。
川の流れる音と風で気が揺れるサワサワという音を聞きながら釣り糸を垂らす。
糸が引っ張られ竿がしなり、魚が掛かった事を知らせてきた。
タイミングを合わせ竿を立てると、糸に引っ張られ魚が水面から釣りあげられ、手元に手繰り寄せる。
「調子が良いな。もう5匹目だ」
もう何匹か釣れば全員が腹いっぱい食えるなと考えながら、また針に餌を取り付け川に流した。
そして魚が掛かるまで辺りを見渡しながら、ふと違和感に気付く。
この川は山に住む小動物の水飲み場とされている様で、いつもなら2、3匹の狸や山猫等が見られるものだ。
しかし、今日は1匹も見ていない。それに鳥の囀りさえも聞こえて来ず、非常に静かだった。
木が揺れる音と、川の音をだけが流れる静かな川辺に不思議に思いながら、偶にはこんな日もあるかと釣り糸を垂らし続けた。
お天道様が真上に登り、川に付けていた籠の中身を覗き込む。
そこには8匹の魚が入っており、家族5人で食べるには十分な量があった。
満足のいく釣果に笑みを浮かべながら、川から籠を引き上げると釣り道具を片付け家へと急いだ。
家に着き中に入ると、いつもならまだ畑に行っているはずの4人が家におり、全員で居間の囲炉裏を囲っている。
「ただいま・・・何やってるの?畑は?」
「信、お帰りなさい。どう?釣れた?」
「うん、沢山釣れたよ」
母に釣果を報告すると、柔らかい笑みを浮かべながら魚のはいった籠を受け取り、処理をし始めた。
俺も手伝おうかと思っていると、今の父から声が掛かる。
「信、こっちに来て座れ」
静かな川といい畑仕事に行っていない家族といい、今日は不思議な日だなと思いながら俺は居間に上がり父の前に座る。
「どうした?とーちゃん」
「昨日の夜、かーちゃんには話をしておいたが、お前達にも話しておいた方が良いと思ってな」
父はそう切り出すと、今日の領主様の兵がこの村までやって来るという。
目的はこの村の奥にある山に巣くう妖の討伐だと言うのだ。
「妖?」
昨日の夜2人の話を盗み聞きした時もその様な事を言っていたなと思いながら、妖と言う言葉の意味を父に聞いた。
「妖か・・・俺も良くは知らん。ただ人に害をなすモノだと聞いている」
「その妖を倒す為に領主様が兵を動かされたと?」
幸姉がそう父に聞き、父は無言で頷く。
「俺も討伐に参加する。大丈夫だと思うが、今日は家から出るな」
「とーちゃんは大丈夫なのか?」
俺は不安だった。
今日はいつもと違う事ばかりが起こっている。
そんな時に父までいつもと違う事をやろうとしていると言う。
妖とはどの様な物かは知らないが、領主様が兵を動かすと言う事は危険な存在なのだろう。それこそ熊よりも恐ろしいのかもしれない。
「・・・大丈夫だ。俺は昔戦にも出た事がある」
戦。
戦とは大勢で殺し合う事だと村長から聞いた覚えがある。
父は武士だったのだろうか?
「俺の事は心配ない。必ず帰って来る。お前たちはかーちゃんと一緒にこの家で待っていてくれ」
「わかった」
「無理しないでね・・・」
「ほんとに帰って来てよ?」
「ああ、大丈夫だ」
父は今夜戦いになる為、無駄な体力を使わない為に畑には行かなかったのだろう。
それと万が一の時の為に、今日は家族と一緒に過ごす事に決めたようだ。
それから日が傾き始めた頃、領主である藤様の兵が村へと到着した。
どの様な強者が集められたのかと興味が湧き、窓の格子からその姿を盗み見ると、胴丸や腹巻をしている者がちらほら居るだけで、身に着けている物は不揃いなものだった。
武器も槍や刀を持っている物は少なく。
鍬や鎌などを手にしている者が半分以上を占めている。
あれで大丈夫なのか?とも思えるし、あれで戦える相手なら大丈夫か?とも思える。
「・・・領主様の兵って聞いてたからどんな人たちなのかと思ったけど・・・なんかこう・・・」
綾姉も俺と同じ感想を抱いたようだ。
「・・・弱そう?」
子供の俺にこんな事を言われる彼らは哀れだが、どうみても俺達の父の方が強そうだった。
「吾平さんや又吉さんも参加するみたいだよ。村での力自慢が行くんだから大丈夫だよ」
そう綾姉は明るい声を出す。
ちなみに吾平がマタギのおっちゃんで、又吉が木こりのおっちゃんだ。
父と合わせてこの村の力持ち衆である。
「少し早いですけどご飯にしましょう。信が釣って来てくれた魚もありますし、力をつけて下さい」
母がそう言いながら晩飯を運んで来る。
昨日と同じ味噌粥と俺が釣って来た焼き魚が俺達の前に出される。皆がそれぞれを口に運んでいく。
俺は大丈夫だと自分に言い聞かせながらも、腹の中にどんよりとした重みを払うことが出来ず、楽しみにしていた魚の味を感じることが出来なかった。
空が茜色に染まり、もうじき日暮れに差し掛かった頃、父が戦支度を済ませて家から出て行く。
父は傷だらけの胴丸を着込み、具足をはめ、一振りの刀を持っていた。
「とーちゃん・・・そんなの持ってたの?」
「・・・ああ、昔の物だがな」
あの納屋の中にあったでっかい箱の中に仕舞われていたらしい。俺達はずっと触るなと言われていた箱だ。
「お気を付けて・・・」
「ちゃんと帰って来てね」
「怪我しちゃだめだよ」
「・・・」
皆それぞれ見送りの言葉を掛けて父を送り出す。
俺は、父の背中になんて言えばいいのか分からず無言で送り出してしまった。
父を送り出した後、母は扉に閂を掛け竈と囲炉裏の火を消す。
俺は窓から父達が山に登って行く姿を見送り、掲げられた松明が山の中へと消えて見えなくなるまで窓から離れる事は出来なかった。




