いつもの日常
俺の名前は北原信之助
妖を狩る事を生業とする、この八咫の里を束ねる里長をしている。
八咫の里は40年くらい前に俺と陰陽師の娘、その一族達と一緒に作った里だ。
この日の本各地に現れる妖を狩り、陰ながらこの国を守護してきた。
妖とは古くからこの国に存在しており、自然に根差し人々に神と称えられる存在もいるが、多くは動植物を殺し、人に害をなす存在達の事をいう。
妖はこの星の力と念が混じり合う事で生まれ、核となった想いに沿った姿や行動をとるようになる。
その多くは飢饉 天災 戦 等によって人の負の感情を元に生まれ落ちる。
よって善良と言える存在は稀だ。
妖は生まれた時点で人より強い力を持ち、唯人では抗うのは難しい。古く力を持った妖は幾つもの人里を滅ぼしたという話も多く存在する。
平安末期では多くの人が飢饉に苦しみ、少ない食料を巡ってそこかしこで戦が起こった。
無念 怨念が渦巻き、それを核として多くの妖が生まれ、その者達が更に多くの人を襲うという地獄を引き起こしたという。
その時も俺の様な刀人と陰陽師が妖に対応したと聞いていた。
かくいう俺も妖に村を襲われ、死にかけていた所を師匠に助けられ、弟子にしてもらい妖を斬る術を叩き込んでもらった。
その修行で何度も死にかけたけど・・・・。
今回は師匠と俺が旅をしてきた時の話をしようと思う。
妖に憑かれ、鬼となっても妖を斬る為に生きた師匠との話を。
俺は山奥の谷間にある小さな村で生まれた。
平地も少なく、畑を耕すにも苦労する村だったが周りを山に囲まれている為、飢えることなく生きて行くことが出来た。
たまにマタギのおっちゃんが山に入り、鹿や猪を仕留めると、皮剥ぎやバラシを手伝うと肉を分けてもらえた。
新鮮な肉は中々手に入らず、月に一度か二度の御馳走だった。
今日も朝から川へ水汲みに行き、重たい甕と水汲み用の桶を板に乗せてズルズルと引きずり家へと運んでいく。
家の前には2人の姉の姿があり、畑に撒く種やらを運んでいる所だった。
「ああ、信。それ運び終わったらこっちを手伝ってね」
一番上の姉である幸が俺にそう言って来る。
「ええ~・・・俺もう一歩も歩けない・・・」
ぐったりと肩を落とし項垂れた俺に幸姉は苦笑いしながら言ってくる。
「何言ってんの。あんた一昨日水運びが終わった後マタギのおじさんの所まで走って行ったじゃない」
「・・・そのお陰で肉食えただろ?」
「ええ、ありがとう。今日はこっちを手伝ってね」
幸姉はそう俺に笑いかけ箱を持ったまま畑へと向かって行く。
俺はふぅと息を吐くと、甕を家の中まで運び込み、竈の横に置くと固まった首と肩を回して解す。
そうしていると後ろから声が掛かった。
「信。これ畑に持っていって」
その声に振り返ると、目の前に籠が突き出された。
「・・・・」
反射的に受け取ってしまい、相手が手を離すとズッシリとした重みが両腕に掛かる。
「ちょ・・!!」
俺は籠の重みに耐えられず、地面へと降ろしてしまう。
「・・・なに?そのへっぴり腰は。12にもなって情けない」
顔を上げると、腰に手を当てた下の姉、綾姉が俺を見下ろして立っていた。
「・・・なんで農具?」
「畑仕事だから当然でしょ?」
「・・・いや、とーちゃんは?」
畑には父である吉備が行っているはずで、重たい農具は父が運んでいるはずだった。
「とーちゃんは村長の所に行ってるよ。だからそれはあんたが運ぶの。わかる?」
「・・・わかった」
「よろしい」
綾姉は満足そうに頷き、家の外へ出て行く。
俺は渡された農具入りの籠を背負いなおし、綾姉を追いかけ扉を潜る。外では綾姉が幸姉と同じように種や種芋の入った箱を重ね持ち、畑に向かってスタスタと歩いていくのが見える。
ともすれば自分より重たい荷物を運んでいる綾姉に対して文句を言う訳には行かない。
籠の重みでひっくり返ってしまわない様、背中に重みを預けながらヨタヨタと畑へと向かった。
ひぃひぃ言いながら農具を運び、畑へたどり着くとその脇へとドサっと籠を降ろした。
「信、お疲れ様。ありがとうねぇ」
そう笑いながら俺を労ってくれたのは母である清だ。
こんなひなびた村にいるのは可笑しい程整った顔をしており、それを母に生まれた2人の姉も綺麗な顔立ちをしている。
俺はというと、残念ながら・・・・というと失礼だが父に似ていると言われる事が多い。
父は背が高く、分厚い体をしており、その風貌に相応しい厳つい顔立ちをしていた。
俺は自分の顔を見ようにも、鏡などは無く、川に映る顔しか見た事が無いため、自分の顔がどうなっているのかハッキリ見た事が無かった。
恐らく大きく成れば父の様な顔になるのだろう。
そんな事をぼんやり考えていると、綾姉から指令が入る。
「信、今日は向こうの畑に畝を作ってきて」
綾姉が指した先には、先日父が耕したばかりの畑があり、そこに作物を植えるための畝を作れと姉上様はお仰せの様だ。
「へ~い」
籠から先端に鉄をくっ付けただけの鍬を引っ張り出し、畝を作り始める。
父に鍬を振る時に適当に振るなと言われており、教わった様に下半身と背中に芯を通して振り上げ、振り下ろす。
一度耕され柔らかくなった土は俺の力でも掘り起こすことが出来、その土を盛って畝を作っていく。
空が茜色に染まる頃、漸く畑の半分ほど畝を作り終わり、そろそろ帰ろうかと鍬を籠に入れ背負って家へと帰って行った。
籠を納屋に仕舞い込み、家の中に入ると母達は晩飯の支度をしていた。
「あ~、今日は疲れたな~。肉が食いたいな~」
台所でせかせかと動く3人に聞こえる様に口に出すと、綾姉が振り返る。
「昨日全部食べたでしょ。なので今日はありません」
「・・・・魚も?」
「最近釣りに行った?」
「行ってない」
「わかったら座ってなさい。とーちゃんが帰ってくるまでに作らないといけないんだから」
「・・・はい」
俺は3人に背を向け居間へと上がると、四肢を投げ出しゴロンと寝ころんだ。
天上に通る梁を見上げながら明日の昼までは釣りに行ってこようか?と考えながら空きっ腹を撫で晩飯が出来上がるのを待つ。
暫くすると家の扉が開き父が帰って来た。
「今帰った」
「ああ、おかえりなさい」
「「おかえりなさい」」
3人の女衆に迎えられ、父は居間へと上がって来る。
「おかえりとーちゃん。村長とどんな話したの?」
俺は上半身を起こし、腰を下ろそうとしている父に話しかける。
「・・・何でもない。それより畑の方はどうだ?」
「畑の半分は畝作ったよ」
「そうか、だいぶ力が付いたな」
「そうかな?」
ぶっきらぼうな話し方をする父だが俺は大好きだった。
仕事をちゃんと熟せたらしっかり褒めてくれ、魚釣りの仕掛けの作り方を教えてくれたり、獣の捌き方を教えてくれたりと色々な事を知っている。
この時はそれが当たり前だと思っていた。
なぜ父がこの様な事を知っているのかなど、俺は疑問に思う事も無く、これからもこうやって父に色々な事を教わりながら大人になるのだろうと考えていた。
その後は畑で取れた野菜と芋、粟や稗を味噌で煮込んだ雑炊を食べ寝床に潜り込む。
俺達子供は奥の部屋で眠り、父と母は居間で眠っていた。
日が完全落ちると家の中は暗くなり、何もすることが無くなる。その為、普段なら直ぐに寝ることになるのだが、今日はいつもと違い父も母も寝る気配が無かった。
普段使わない灯を使って何やら話をしているらしい。
俺は2人の様子が気になり扉の隙間から漏れ聞こえる2人の話し声に耳を澄ませた。
「明日、領主の藤様が妖討伐の兵を送って来るらしい」
「……今まで何も起きなかったのに、下手に刺激しない方が…」
「理由はわからん。藤様なりのお考えがあるのだろう。その討伐に村の男衆も参加せよとの事だ……俺も参加する」
「大丈夫なのですか?」
「……大丈夫だ。30人の兵と共に動く。心配いらない」
「ちゃんと帰ってきてくださいね?」
「ああ」
俺は妖とは何ぞや?と思いながらも、父がどこかへ行くのだと言う事は理解できた。
夜に2人でコソコソ話している所を見ると、俺達には知られたくないのか?と考え、音を立てない様に寝床に戻り目を閉じる。
何事も無く今日がずっと続きますようにと願いながら。




