藤家
寺に戻り、納屋の中に入った俺は気になっていた事を師匠に問うた。
「……なあ師匠。あいつの死体ってあのままにして良かったのか?」
「問題ない」
「なんで?」
「あの男は穢れに体を蝕まれていた。まだ自覚できる段階までは来ていなかったようだが、ふた月もすれば体に異常が出ていただろう」
「……それで?」
「生きている間は穢れの浸食は遅くなる。だが、穢れを纏ったまま死ねば早々に腐り、崩れ落ちる」
「……ようするに?」
「人に殺されたとは考えられん有様になる。俺達に容疑はかからん」
斬新過ぎる隠蔽方法である。
そもそもあんたは人ではないのでは?と思ったのだが、余計な事は言わず口を噤んだ俺は偉いと思う。
「明日の早朝にこの寺を発つ。修業は次の町についてからだ」
「わかった」
俺は目を瞑ると直ぐに眠りにつくことが出来た。
翌日、スヤスヤと眠っていた俺は、鬼師匠に叩き起こされることになった。
「起きろ。早朝に発つと言っておいただろう」
「うぐぐぐ……」
師匠の拳骨をくらった頭を押さえながら俺は体を起こす。
人の体に穴を開ける手だ。俺の頭変形してない?大丈夫?
俺は頭をペタペタ触りながら凹んでいる箇所が無いかを確認した。
「……何をしている?まだ寝ぼけているのならもう一発だ」
背後で師匠が拳を固めている気配を感じた俺は、直ぐに立ち上がり荷物を纏めて師匠に向き直る。
「準備出来ました!」
「……行くぞ」
納屋を出た俺達はこの寺の和尚様に挨拶とお礼をし、次の村に向けて出発する。
信之助と九鬼が峠を越え、さらに足を進めていた頃。
河原の鬼の首の前で死んでいる千代丸が発見された。
発見した者が大騒ぎし、それを聞きつけた町の人間がゾロゾロと現れる。
騒ぎを聞きつけたのは町の者達だけでなく、藤家の仕える者達もやってきて、恐る恐る死体へと近づいていく。
その死体は前日には無かったはずだ。昨日の夜にここで殺されたと考えられるが、まだ半日も経っていないのにその死体は腐り始めている。
この町の警邏を担当している者が、長い物干し竿でうつ伏せに倒れている死体をひっくり返す。
その死体は胸に大穴が空き、一撃で心臓を引き抜かれている事が見て取れた。
抜かれた心臓は死体のすぐ側に落ちており、ただ殺す為に殺されたと言う事が見て取れる。
「なんだあの死体…」
「鬼の首の前で……」
「……なあ、鬼の首…崩れてないか?」
ある町人が鬼の首の異変に気付き声に出すと、他の者達も晒し台に目を向けた。
転がっていた凄惨な死体に目が行き、気付いていなかったが、鬼の首はカラカラに渇き、ひび割れ、崩れ落ちていた。
「なんだってんだ?一体…」
「ああ、あの死体って……もしかして千代丸様……か?」
「……そうだ……あの着物…確かに昨日、あれと同じものを着ていた!!!」
「鬼殺しの千代丸様が……鬼の首の前で…?」
「…祟りだ」
「……祟りだ!!!鬼の祟りだ~~!!!」
誰かが祟りだと言い始めると、町民たちは一気に怯え逃げ出していく。
この話は一気に町中に広まり、町民たちはそれから一切晒し台のある場所には近づかなくなった。
逃げ出した町民たちは良いが、体面上逃げられない警邏の者達は、全身に走る悪寒を我慢しながら死体の検分にあたった。
千代丸と思しき死体には、胸の大穴以外に、顎の骨が砕かれているのが分かり、河原の様子から昨日の夜にこの場所で戦闘が行われていたと推測された。
この死体も直ぐに処分したいが下手に触れて祟られては敵わんと、誰も近づけない様に縄張りが引かれることになった。
町民はそんなことせんでも近づかんわ!といった顔で作業を見守り、昨日の千代丸を見た者達に聞き取りを行う事になった。
その日の夕方、藤家の屋敷で定評が行われる事となった。
議題は当然河原で死んでいた千代丸と鬼の首についてである。
当主である藤 義忠の前に家臣衆が集まり、町民から聞き取った話が報告されていく。
その中には、飯屋で千代丸を法螺吹きと言い切った信之助の話も報告されたのだった。
「……では、その子供に法螺吹きと言われてから千代丸の様子がおかしくなったのだな?」
北方弦斉の向かい側に座る後藤利宗がそう発言する。
この男は、千代丸が取って来た首が鬼の物だと言う事に最後まで不審な目を向けていた男だった。
「はい、その様に聞いております」
警邏衆を束ねる男は端的に報告し、頭を下げる。
「…では、千代丸を殺した不届き物はその子供と一緒にいた黒服の男と言う事でありますな。至急追っ手を放ち首をとって参りましょう」
北方がそう話を纏めようとすると、後藤が待ったをかける。
「あのような殺し方、人に出来るとは思えん。町民の間では鬼の祟りだと噂されている様だが」
「祟りなど……怨念で人の胸に穴を開けられるものか」
「然り。だが、人に出来るとも思えん。ましてや鬼の首を取って来る様な強者相手に…な」
後藤は視線を鋭くし、北方を睨み据える。
「……何が言いたいのか…後藤殿」
「千代丸が取って来た首は本当に鬼の物だったのか?」
「……あの形相。鬼の物で間違いなかろうという話になったであろうが」
「確かに鬼の様な形相だった。しかし、鬼の様な顔と鬼の顔とでは全く意味が異なる。もし、鬼でもない首を河原に晒したのであれば、これほど粗雑な扱いはわるまい」
「その顔は今は崩れもはや調べる事すらできぬ!言っても詮無き事であろうが!!」
「……某は部下に命じ、三徳寺の武僧に聞き取りを行わせていたのだ」
「………なに?」
「和尚曰く、鬼や妖は退治すると直ぐに塵となって消え失せるものだと言っておったそうだ。塵となって初めて退治したと判断すると言う話だ」
「だから何だと言うのだ!!」
「あの首は崩れるまで10日以上かかっておる。それに塵となって消えるのではなく、渇き崩れたのだ。あれは鬼の首では無かったとワシは思っておる」
「しょせん坊主の言う事であろうが!」
「しかし、それを専門の生業としている者達の言だ。信用に値すると考える」
「だからと言って千代丸殺害の件と関係無かろうが!!」
そうだ。後藤が言う事は千代丸殺害とは関係が無い。
と言うのも、後藤は千代丸が殺された事などどうでも良いのだ。
後藤の主君、先代が残された義忠を傀儡とし、この藤家を手中に収めんとするこの奸臣さえ追い落とすことが出来れば。
この件は北方を追い落とすには絶好のネタになった。
「あれが鬼の首で無かったとなれば、北方殿は殿を謀った事になる」
「……!」
「あの首をしかと検分せずに鬼の首だと断定したのは北方殿だ。武僧への確認を取ろうと言う某らの言葉を跳ねのけてな。専門の武僧への依頼を銭を惜しみ拒絶し、己の手の者に退治をさせ、偽の首で褒美をだまし取る。これを謀ったと言わずなんという?」
「……」
「それに、その童は何と千代丸に言うたのだったか?」
後藤は警邏の男にもう一度確認を取った。
「は!…お前らは村に妖を誘き寄せ、村人が食われている隙に逃げ出した、と言っていたそうです」
後藤は北方に視線を戻し、
「殿から預かった兵を全員死なせ、守るべき領民を囮に使い逃げ出したと……偽の首を持って帰って来た以上に許される事ではありますまい」
「……その子供が嘘をついている可能性も有ろうが」
「三徳寺には、妖に滅ぼされた村から逃げてきた少年が1人いたそうだ。その者は護衛を連れて旅だったとの報告も受けておる。その報告書の写しがこれだ」
後藤は懐から紙束を取り出し、義忠と北方の両人に渡す。
「子供と大人の2人組。この町へとやって来た方向も合っておる。村を滅ぼした張本人を目の前にすれば怒り狂うのは当然と言えような」
後藤は北方の様子を伺う。
北方は懸命に表情を取り繕うが、怒りと焦りが顔ににじみ出ており、報告書を持つてもわずかに震えている事が分かった。
ここがヤツの急所だと感じた後藤は義忠の方を向き、こう言った。
「殿、某にその童の捜索をお任せいただきたく。話を聞き出し、必ずや真相を解明いたします」
後藤にそう言われた義忠は、ただ「うむ、任せる」と言葉を返す。
北方は内心怒鳴り散らしたい思いをぐっと抑え込んだ。
「それで、千代丸の死体と首はどうするのだ?あのままという訳にも行かぬだろう?」
義忠が問うと、
「武僧に調べてもらうが良いかと。穢れとやらが付いていれば人に害を及ぼすとの事ですので」
後藤はすでに道筋を立てていたらしく、直ぐに手配を行うとの事だった。
もし、あの首が鬼の首でなかったのなら、千代丸は殿を謀った謀反者と言う事になる。その様な罪人が殺された所で調査をする手間をかける必要も無い。
そして、窮地に立たされるのが千代丸を取り立て、全力で押してしまった北方となる。
評定が終わり、自分の屋敷に戻った北方は直ぐに配下の者を集め、千代丸と揉めていたという子供と護衛を抹殺する事を命令する。
あの首が鬼の物でなかったとしても、それだけであれば千代丸が勘違いをし、自分も騙されたと言えば発言力は落ちるものの致命的な傷は回避できる。
だが、その子供の発言が真実であったとされた場合、自分の配下の者が村を滅ぼす原因となった事が確定し、自分は銭を惜しみ、村を壊滅させ、偽の首で殿から手柄と報酬を騙し取った不忠者……いや謀反者の落印を押されてしまう。
そうなれば取り返しがつかない。
良くて追放。最悪は斬首である。
「良いか!!その子供を後藤めの手に渡る前に確実に葬るのだ!!!」
追い詰められた者は悪手でも手を打つ。
北方弦斉は自らの命で配下を鬼の元へと送り出したのだった。




