山寺での一幕
朝早くから出発し、山を3つほど超え、漸く村へとたどり着く。
辿り着いたのだがこの村はかなり排他的な村だったらしく俺達を泊めてくれる家は無かった。
村長と思われる男に、山に少し入った所に廃寺があると言われ、寝るならそこに入れと言われてしまった。
廃寺か~…不気味なんだよな~…
まあ、それ以上に恐ろしいものを狩る者に成ろうと言うのだから、そんな事も言っていられない。どうせ拒否した所で師匠に引っ張って行かれるに決まっている。
俺は大人しく師匠について山に登って行った。
その廃寺は結構奥の方にあり、道も整備されている様子は無くほとんど獣道になっている状態だった。
草を踏みつけ山を登り、廃寺を見つけると漸く休めると安堵したほどだった。
「火を焚いて飯にするぞ」
師匠がそういうと、今まで引き摺っていた物をどさっと地面に落とす。
師匠が今まで引き摺って来ていたのは、なかなか立派な猪だった。
あの獣道を進んでいる途中、何を思ったのか一目散に突っ込んできて師匠にあっさりと仕留められたのだった。
それも刀では無く、拳で猪の頭を殴り、昏倒した所を小刀で首を切り血抜きしたのだ。
まあ、人の胴体に風穴を開けるのだ、猪を殴り殺すくらい……いや、硬いぞ?猪の頭…流石は鬼師匠だと思っておこう。
ん?その時の俺はどうしていたかだって?
猪が来たと見た瞬間木に登ったよ。マタギのおっちゃんに山で猪に遭遇したらそうしろって言われて来たからな。でも、俺が木の上に逃げている所を師匠がじっと見ていたことが気になる。
なんだか明日の修業が厳しくなりそうだ。やめてほしい。
火を熾し、猪肉を焼いて食う為師匠に足を切り落としてもらう。俺がやったら刀が折れるかもしれないからな。まだそこまでの自信が無い。
皮をはいでから塩を振り、火に翳して焙り焼きにしていると、向かい側に腰かけた師匠も足の肉を持っていた。
「あれ?今日は師匠も食うの?」
「ああ」
俺はそっかと思いながら肉を焼いていく。師匠は昨日の飯屋で肴を啄むくらいしか食っていなかった。
なんだか久しぶりに人と食事が出来ると少し嬉しく思っていると、師匠は口を開けて足肉に齧り付いた。
強靭な顎と歯で皮ごと生肉を食い千切り、むぐむぐと咀嚼し始める。
俺は想像とは違った食事の時間に呆然としてしまう。
「……どうした?そのままだと肉が焦げるぞ?」
「…え?あ!」
危ない危ない……俺は慌てて肉を回し全体を焼いていく。
そうだ、師匠は鬼なんだ。だから生肉に齧りついても可笑しくは……いや、やっぱり納得できん。体は鬼でも心は人と同じはず。
なら生じゃなくて焼いて食うべきでは無いかと考えた。
「あのさ、師匠」
「…なんだ?」
「なんで生肉齧っているんだ?」
俺の質問に師匠は首を傾げ、「俺は鬼だからな。生の方が力が付く」と言った。
「……本当に?」
「……様な気がする」
気がするだけかい!!
「気がするだけならちゃんと焼こうよ」
「…生肉を食っても腹を壊すわけではない。それに手間だ」
なんという ものぐさな理由!
「生じゃないと食えないって訳じゃないならちゃんと焼こうよ。そうじゃないと人間だった時の事忘れるんじゃないか?」
「……」
師匠はしばらく肉を眺め考えていたが、齧りかけの肉を火に翳し焼き始める。
俺はその様子が嬉しくて少し笑みがこぼれるのだった。
俺は子供の頃に妖に憑かれ、鬼となった。
そして、たった1人で俺を育ててくれていた父を食い殺したのだ。
ぼんやりとした意識の中で体と口が勝手に動き、父の体を食らっていくのを感じていた。親父の胸をあばき、心臓を食らった瞬間俺の意識はハッキリと戻ってきたのだ。
父は最後の瞬間、俺以外の人は食らうなと念をかけ、俺はその縛りを受けて今まで生きてきた。
だが、無性に人を食らいたい時があり、その時は野生の獣の肉を食らってごまかした。
獣の肉を食らうと、無いはずの空腹感が満たされるような気がした。
今ではその衝動も消え去っているが、その時の名残で今でもたまに獣の肉を食らう時がある。その時は焼いたりせずにそのまま食い千切っていた。
だが、今目の前にいる初めての弟子から、人であったことを忘れてしまうと言われ、ハッとなった。
人であったことなど、とうの昔に忘れてしまっていたというのに。
今まで鬼である俺に刀人の弟子入りを頼んだ者などいなかった。俺はただ妖を狩って回る、変わった鬼でしか無かったからだ。
何の因果か人を弟子として迎えたのだ、今更だと思う所もあるが、人であった時を思い出すのもいいかもしれん。
そう思い、手にした肉を火に翳したのだった。
飯も食い終わり、横たわっている猪をばらす。師匠は必要ないと言っていたが、猪肉は結構高値で売れると聞いていた。
持てるだけ持って人里で銭に変えてしまった方が良かろうと思い、持てるだけの肉を切り出していく。
まあ、腐る前に買ってくれる人に会えるかどうかは知らんが。もしダメなら俺の腹に収めようと考えていた。
取れるだけ肉を切り出した後、俺は天溌の修業を始める。
昨日はイライラのせいで集中できなかったし、明日の修業は厳しくなりそうなので少しでも体力は回復させておきたい。
未だ気を練ると言う事はさっぱり分からない。だが、師匠が言うにはちゃんと気が体の中を回っているというのだから、やり方は間違っていないはずだ。
俺はそう思い、体の中を力が巡っている様子を思い描くのだった。
そして次の日の午後、いつもの様に師匠と殴り合っていると・・・いや、一方的に殴られていると、いつもより師匠からの打ち込みが弱い様な気がする。
当然俺の攻撃は捌かれ、隙にバシバシと撃ち込まれるのだがいつもより耐えられる。
地面に転がされた時も痛みで呻く様な時もあるのだが、今日はそれが無い。痛い事は痛いが我慢できる。
自分の変化に不思議に思いながらも師匠に向かって行き、ボコボコにされたのであった。
そして夜、昨日の猪肉を焼いて晩飯を食った後、昨日と同じように天溌の修業をしていた。
すると師匠が
「だいぶ動くようになってきたな。今なら分かるのでは無いか?」
と言って来る。
「う~ん・・・良く分からないけど」
と言うと、師匠は俺の腹に手を当ててくる。
俺はなんだ?と思っていると、丹田の当りがだんだんと熱を持って来るのが分かった。
「集中してゆっくりと回せ」
師匠にそういわれ、その熱をいつもと同じように全身を回る様に考える。すると、ゆっくりとではあるが、その熱が全身へと回りながら行き渡って行くのを感じることが出来た。
「そのままだ。集中を切らすな」
俺は掴んだ感覚を離さない様に集中しながら全身にその熱を行き渡らせる。
どれくらい時間が経ったのかは分からないが、熱が消えて行く頃俺は全身に汗をかき体はぐったりと重くなっていた。
「ふむ、氣を操る才能はあるようだ。明日からも今の感覚を忘れないようにな」
「…これで天溌が習得できたのか?」
「いや、ただ気を動かせるようになっただけだ。言ってみれば漸く地を這うことが出来るようになったと言う所だな」
「……」
天溌の習得への道のりはまだまだ長いらしい。
師匠が妖狩りの依頼を受けるまでに習得できるだろうか?激しく不安だ。




