初の斬り合い
父の首が河原に晒されている。
顔の殆どが黒く崩れ、片目は潰れている。残っている方の目は見開かれたままになっていた。
知らない者からしたら鬼の首に見えるのかもしれない……
だが、俺が見間違うはずがない。
毎日見ていた顔だ。
一緒に畑に行って、一緒に釣りにいって、一緒に飯を食った父の顔だ。
間違えるはずがない。
何故ここにある?
決まっている。あの山で死んだ父の首をあの男が持ち帰り、鬼の首だとここに晒したのだ。
頭が考えることを拒否しているかのように働かない。
しかし、父の首をこのままにすることは出来ない。
弔わなければ……
そう思い縄張りを越えようとした時、後ろから砂利を踏む音が聞こえ振り返る。
そこには刀を振りかぶった千代丸が立っており、俺が振り返ると同時に刀を振るってきた。
咄嗟に背負っていた刀を抜き受け止める。
師匠の枝に比べれば、振りは遅い。が、大人の男が上段から振り下ろした刀の勢いは強く、俺は簡単に押し込まれる。
「ぐううぅぅぅぅ!!!」
斬撃を受け止めた刀からギチギチと音が鳴り、このままでは上から潰されてしまいそうだった。
俺は全身の力を籠めて男の圧力に抗う。
「チッ!面倒な」
千代丸はそう呟くと刀を引くと共に柄で俺の刀を跳ね上げる。
上からの圧力が無くなった事と、刀を跳ね上げられたことで両腕が上がり、無防備になってしまった俺の脇腹に、千代丸は蹴りを叩き込んできた。
それを防ぐ手立てがない俺は真面に食らい、河原に叩きつけられる。
大人の蹴りを食らい肋骨が軋みひどく痛む。
だが、あの大猿の様な妖に殴り飛ばされたことを思えばまだマシだ。
俺は足に力を込めて立ち上がる。
師匠には何があっても刀を離すなと叩き込まれている為、手元に握りしめた刀を正眼に構えをとる。
「いっちょ前に構えるじゃねーかクソガキ」
「うるさいクソ野郎が……」
「鬼殺しの俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「あれは鬼じゃない!!あの首はおれのとーちゃんだ!!!」
「そうか、お前は鬼の子か。なら斬っても問題ないな~」
千代丸はニヤニヤしながら俺との距離を詰めてくる。
千代丸は体も大きく力も強い。受けに回れば勝ち目はないと考え、俺は刀を握りしめて突進する。
「うあああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
渾身の突きを放つが簡単に払われ体が泳ぐ。
相手は直ぐに刀を戻し俺に切りかかって来るが、寸での所で体勢を立て直しその斬撃を振り払った。
「!!」
師匠が俺の撃ち込んだ刀にやる様に横から力を加えてやれば、力の強いヤツの振りでも逸らすことが出来る。
俺は更に踏み込み、千代丸の胴体目掛けて横振りを叩き込もうとするが、それも防がれてしまう。
それでも諦めず、攻めて防ぎ、攻めて攻めて攻め立てた。
月明りの中、合わさる刀から火花が散るのを目に映しながら、この男に刃を届かせようと一心に刀を振るう。
だが、子供の俺と大人の千代丸では間合いの大きさが違い過ぎる。幾ら押し込もうと簡単に弾き返され、逆に押し込まれ始めてしまう。
強くなっていく千代丸の攻撃を何とか受け流していくが、段々と手がしびれ始めてきた。
焦りが生じ足元が疎かになり、少し足を滑らせ体勢を崩してしまう。
その時、千代丸が俺の顔面に突きを放って来た。
俺は何とか突きに刀を合わせることが出来たが受け流しきれず、頬を深く傷つけた。
千代丸は突いた刀を上から押さえつけて来て、圧力に耐えられなかった俺は膝をついてしまう。
更に圧力を高める千代丸を必死に押し返そうと歯を食いしばるが、俺の力では千代丸を跳ねのけることは出来そうになかった。
「バカなガキだな!何も言わずにいれば死ぬことはなかったってのに!」
勝利を確信した千代丸は笑いながらそう言う。
「あのひなびた村の侍モドキを気取ったおめえの親父もだ!!無駄死にを俺の出世に役立ててやったんだから感謝してほしいもんだぜ!!!!」
千代丸のふざけた言葉に俺は渾身の力で刀を押し戻そうとする。
「ぬあああぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
「ギャハハハ!!無駄だ無駄だ!!あの世で負け犬同士傷のなめ合いでもして・・ごへぇ!!!」
俺に刀を押し付け、そのまま首を掻き切ろうとした千代丸は吹っ飛んでいき、気づかない内に離れていた親父の首の前まで転がって行く。
いきなりの抑えつけられていた力が無くなり、俺は砂利の上に尻餅を付く。
荒れた息を整えようとする俺の頭の上から師匠の声が聞こえてきた。
「まだまだ拙いが・・・刀の振りは悪くなかった。戦闘勘を磨く事と、天溌の習得を急げ」
俺は上を見上げると、師匠が立っておりこちらを見下ろしていた。
「……見てたの?」
「ああ」
「……助けてくれても…」
「あの程度の男に一方的にやられる様では刀人にはなれん」
「……そっか」
相変わらず厳しい鬼師匠であった。
俺は立ち上がって父の仇を取ろう刀を構える。
が、師匠がそれを止めた。
「なんで?」
「恨みに任せて人を斬るな」
「でも!あいつは俺のとーちゃんの首を取ったんだ!!!」
「……刀人が恨みや憎しみで人を斬れば狂気に飲まれやすくなる。ただ暴れるだけの鬼になりたいか?」
「でも…!」
俺は千代丸に目を向けると、ヨロヨロしながらも立ち上がろうとしていた。
「あれは俺が始末する。どうせあのままでは長くは生きられん体だ」
師匠はそういうと千代丸へ向かって歩いていく。
な…何が起こった?
ガキの首を掻き切ろうとした瞬間、何かに横から吹き飛ばされた。
起き上ろうと体を動かすと、頬と顎に激痛が走る。
「うぇは!!!」
痛みに声を上げるも、舌と顎が満足に動かず上手く話せない。
誰に何をされたのか分からない。だが、このままガキに逃げられれば俺の出世に陰りが出来る。それだけはなんとしても阻止しなければ、と手足に力を籠め立ち上がる。
だが、頭を揺さぶられたせいか体が泳ぎ、満足に立つことすらままならない。
刀を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がりガキを探す。
すると、すぐ近くに真っ黒な男が立っていた。
なんだこいつは?と思ったが、飯屋でガキと一緒にいた男だと思い出す。
アイツの仲間なら一緒になます切りにしてやる!と刀を持ち上げようとした瞬間。
俺は胸に強い衝撃を感じ取った。
千代丸の前に立った九鬼は、その胸に抜き手を叩き込んだ。
人外の膂力で差し込まれた抜き手は肋骨の妨害も無視し、心臓にまで到達する。
そして、その手は千代丸の心臓をつかみ取ると一気に引き抜いた。
空いた穴から血が噴き出し、千代丸の目から光が消えるとそのままうつ伏せに倒れ込む。
九鬼は引き抜いた心臓を千代丸の隣に捨てると、血振りをして手に着いた血を払い落とし、信之助の所まで戻って来た。
「戻るぞ」
「え?……あ……うん」
九鬼と信之助は千代丸の死体をそのままに、寺へと戻って行く。




