進化
朝、目が覚めて何故だか俺は海に出向いた。
昨日はあんなに荒れ狂っていたというのに、今は何故か凪いでいた。
俺はそれから毎日海に出向いた。狩りや採集をサボってずっと海に出向いた。
「朝の海は蝸牛の如し。夜の海は大蛇の如し」
朝、俺は貴重な白いものの骨を貝塚からくすね、削り、小さな刃物を作った。
日々思っていたが石より細く、鋭いので小さく素早い生き物を捉えることができるのではないだろうか。
俺はこないだムラのみんなと切り倒した木の幹をくり抜き、そこに入り海へ出た。
木が浮くことは知っていた。
真っ青で清純な海の下を覗くと気持ちよさそうにぐにょぐにょと地上にはいない生き物が泳いでいた。
いやしかし、こいつらはこの清純が隠し持つ厄災によって滅ぼされた仲間を喰らって生きながらえているはず。
別にそれに対し恨みも何も思わない。
今この瞬間、急に大蛇が顔を出し俺を喰らったって、俺は何も思わない。
だから、俺がお前らを喰らったって何も思うんじゃあないぞ。おい、お前にも言っているんだ。ビビりな大蛇よ。
俺は下に映る生き物に対し、ぐさりと、鋭い骨を突き立てた。
しかし、何も刺さっていない。水滴だけがぽつりと溢れ落ちた。
一体、何がダメだった。
俺は1日中考え続けた。
今もあの生き物たちは仲間を喰らって生きているというのに。
今も仲間たちは飢餓で死んでいるというのに。
女も料理をしてくれている。
でしゃばったって役に立たないのだから、それが最善なのだが、いやこの女たちにも喰わさねばならない。
あの日、みんなが大蛇に喰われた日からそう思いだした。
俺も女と変わらず、自然の前に立てばただ一人の赤子なのだ。
いや、待てよ。喰らう…?そうか、そうだっ!喰らわせればいいのだ。
それからは早かった。ムラのみんなの協力を借り、蚯蚓などをかき集めた。俺は俺でウ(兎)の骨を集め色んな形を作り出した。
遂にウの骨を組み合わせて作り出した大竿が完成した。
それに蚯蚓を貫かせて海の中へ飛び込めば——————
収穫はなかった。
何故かは明白。組み立てた骨がバラバラに散ったり、大きすぎて動きが鈍くなってしまったのだ。
また、1からか…。
俺は貝塚の中で一人ふけった。
「ねえ、ウの毛は使えないかしら」
そう言ったのはかつて邪魔だと吐き捨てた女だった。
「なんだよ。料理でもしとけって」
「ええ。あんたら男が料理するための材料を持ってきたならばしてあげるわ」
「女は弱え。いいから」
「男は強い癖に何もできやしないのね」
「…そうだな」
「何よ。しおらしいわね」
「…ウの毛か。分からないが、やってみるよ」
「期待してないって感じね。まあいいけど、もし成功したなら美味しいのを振る舞ってあげるわ」
朝凪。
どうにかして毛を使おうと骨に巻きつけた。
いやしかし、ふわふわするだけで大した効果はない。
毛を海にばら撒いた。何も寄り付かん。
毛を玉にして泳ぐもの目掛けてぶん投げた。
ぽちゃっという音がして静かに沈んで、次第にぷかぷか浮いてきた。
寒い寒い空気の中、太陽を映したその明鏡は俺を絶望の淵へ追い詰めて動きを固める。
どうにか、どうにかならないものか。
ずっと海を眺めていた。大蛇が現れても、ぴくりともせず、海を眺めていた。
それから闇が2回きた。ずっと海を眺めていた。
すると、天から海が溢れてきた。眺めすぎて錯覚しているのかと本能で思い、頭を掻き毟った。
ふわっと頭垢や蝨が香ると、ぺちゃっと何かが体に落ちた。それが何回もぺちゃぺちゃと。
段々と目が眩んでくる。なんだこれは。
俺はぺちゃの正体を知るため、体中を掻いた。すれば出てきたのはひぢ(蛭)だった。
俺は瞬時に飛び跳ねた。
しかし、まだ俺の体に取り憑いておる。
俺は全身を抱いた。そして吠えた。しかし、未だちゅうちゅうと俺の血を吸って動かない。
助かるには、一体どうしたらいい。
血眼になりながら辺りを見渡す。
唯一、あった。助かる方法があった。
大蛇に喰らわれることであった。
この大蛇にひぢを俺ごと。そうなれば俺の命はもう闇の中かもしれない。
しかし、何もせずとももう、闇はそこにある。
俺は大蛇に喰らいたくように喰らわれにいった。
大蛇は高く高く昇り俺を呑み込んだ。
さっきまで吠えていたはずの大蛇の腹の中はやけに静かで、何も感じなかった。
ぶくぶくとただ苦しい。
ひぢは俺が吐く泡と共に流れていった。
荒れ狂う静かな腹の中で、俺は、俺は、がむしゃらに体を動かした。
上へ上へ、昇るように。
しかし、一向に進まない。
とうとうおしまいかと思った。なけなしに月が照らす水面へ手を伸ばした。どんどんと遠のいていく。
落ちて、落ちて、何処へ行く。
あぁ、泳ぐものよ。お前はこんな荒れ狂う中でも、何もない闇でも、こうも自由に泳いでみせるのか。
俺も、自由に、ただ自由になりたい。
自由…あぁそうだ。もっとあの骨を自由に動かせれば、あの泳ぐものに対抗するのではなく、この流れる海のように、全てを任せれば良かったのかもしれない。
そこで男の気は無くなった。最後に奇跡を見た後で。
「この国には、いや、この世の自然や動物に関するものには全て、精霊が宿っている」
俺は誰が信じるとも分からないことを言ってみせた。
「なんだそれ?」
「なんだろうな。でも、見ちまったからなぁ」
「それはなんだ?美味しいのか?」
「いいや、この世のものには全て、俺らと同じく、魂があるんだ。それが精霊なんだよ。だから、敬わないといけないんだ。だってそうだろう。俺らはあの日気付けたじゃあないか。自然や動物は俺らよりも強い」
また、朝凪。
毟り取った毛を繋いで繋いで一本の線にした。
「存外、上手くいくかもしれないな」
「ほれ、大漁だ。美味いの作ってくれよ」




