第8話 日曜日の珈琲
日曜日である。
週末、ダンジョンは閉まる。ギルドの規定だ。つまり派遣の俺も休みである。
ただし時給制の人間にとって、休日とはすなわち無給日だ。
働けば増え、休めば増えない。だから十六年間、日曜は「金の減る日」だった。飯を食えば減る。何もしなくても家賃で減る。なるべく安く、なるべく静かに消化する日。それが俺の日曜だった。
今日は、違う。
『抽出が完了いたしました』
卓の上、縁の欠けたマグカップから湯気が立っている。
【珈琲抽出Lv1】。先日の夜、ボードの営業に負けて買った、2ポイントのスキルである。
市場で一番安い豆が、このスキルを通すとどういうわけか香りの立つ一杯になる。
……旨い。
悔しいが、旨い。
『お口に合ったようで、なによりでございます』
「営業をかけた自覚はあったんだな」
『当ボードはお客様のより良いスキルライフを応援しております』
調子のいい板である。
しかし、我ながら酔狂な買い物だとは思う。
ポイントは人生の通貨だ。誰もが剣術や魔法や、飯の種になるスキルに振る。珈琲のために2ポイントを払う人間なんて、もったいなくて普通はいない。いるとしたら、それで店を開く喫茶店のオーナーくらいのものだろう。
俺は払える。
なにせ残高が九十九万ある。
◇◇◇
旨い珈琲を片手に、ボードを眺める。
振り始めてから、およそひと月半。俺のやり方はこうだ。
最初の10ポイントで、二日間の地獄を見た。
だから実験をした。手順は単純、半分に割っていくだけだ。
まず10の半分の5——翌日、一日きつかった。もちろん出社したが。
なら答えはその下だ。2、3、4——何ともない。
かくして安全上限は「一日4ポイント」と確定した。5は二度とやらない。
以来、毎晩きっちり4ポイント。
風呂上がりの歯磨きみたいな日課である。
今夜の分を足せば、累計は156になる。
相場で言えば、およそ31レベル分。
「普通の30歳」を丸ごと一人、自分の上に乗せた計算だ。
『堅実なご利用、なによりでございます』
「積み立ては得意なんだ。何せ十六年、天引きされる側だったからな」
珈琲を、もう一口。
……やはり旨い。
◇◇◇
窓の外は、日曜の午後だ。
通りから子供の声がする。どこかの鐘が鳴っている。
金の減る日だったはずの休日が、たった2ポイントでこんなに変わるとは。
◇◇◇
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【スキルボード】
氏名 :レント
レベル :999/999(MAX)
スキルP:999,843pt
取得済み:珈琲抽出Lv1/身体強化Lv5
解体Lv3/気配察知Lv3
ほか十三件
備考 :当ボードは土日も通常営業でございます
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