第5話 食堂が豪華になる日
六月第一金曜。
〈ガレオン〉の、ボーナス支給日である。
朝から支部の空気が違った。正団員たちの足取りが軽い。挨拶の声が高い。すれ違う顔がみんな、心なしか福々しい。
一方、解体場の空気は今日も血の匂いだ。派遣の日常に、ボーナス支給日は無い。
ちなみに俺にはボーナスどころか昇給も無いことを、昨日〈アルメテパ〉で確認してきたばかりである。
◇◇◇
「レントさん! お昼、食堂に行きましょう!」
来た。
シャドウウルフの一件以来、この新人さんは昼どきになると俺を探しに来る。
「自分は、持参のパンがありますので」
「今日は特別メニューの日なんですよ。祝・討伐御膳! 一年で一番豪華なんですって」
「聞けば聞くほど自分には関係のない話では」
「予約、二人分してあります」
「……行きます」
押しが強い。院卒はこれだから困る。偏見だが。
食堂は、祭りだった。
湯気の向こうで料理人が肉を焼き、正団員たちの列が伸びる。壁には貼り紙。『本日限定・祝・討伐御膳(一〇〇〇レン)』。
エリスさんは列の先で、銀色のカードをかざした。
ぴ、と軽い音。それで支払いは終わりだった。
「魔導カードです。半額は会社持ちで、残りはお給料から天引きなんです。便利ですよね」
定価1,000レンの御膳が、彼女は実質500レン。
そして俺の番が来る。
取り出すのは、別物のカードである。
派遣専用、魔導プリペイドカード。前払いでチャージした分しか使えない、要するにただの財布だ。
表示された金額——1,000レン。定価どおり。補助なし。
同じ皿なのに、彼女の二倍払う計算になる。
残高、1,400レン。
給料日まで、あと一週間。
券売機の前で、俺は少しのあいだ固まった。
……最悪だ。飯の値段で身分が分かる。
『お困りのようですね』
「黙って見てろ」
『なお、当ボードに決済機能はございません』
「聞いてない」
99万ポイントの大富豪が、残高1,400レンの財布を握りしめて立っている。世界は不条理である。
受け取った伝票の名前欄には(派)の印。ご丁寧なことである。
◇◇◇
祝・討伐御膳は、憎らしいことに旨かった。
ただ、一口ごとに頭の隅で算盤が鳴る。この肉が二百レン。このスープが百五十レン。この漬物が——やめろ。やめるんだ俺。
旨いものを食っているのに素直に味わえない。貧乏性というやつである。
「おいしいですね!」
「……そうですね」
こっちは値段ばかり気になっているとは、言わないでおいた。
「あれ、エリス。その人、誰?」
通りすがりの女性正団員が足を止めた。エリスさんの同期らしい。
「レントさんです。現場でお世話になってる先輩です」
「先輩って……」
同期の視線が、俺の作業着と、伝票の(派)の印を順番になぞった。
「……派遣の人でしょ? エリス、付き合う相手は選びなよ」
声をひそめたつもりらしいが、全部聞こえている。
俺は聞こえなかった顔で漬物を噛んだ。この漬物はたぶん八十レンだ。
向かいの席でエリスさんの笑顔が消えたのは、目を上げなくても分かった。
◇◇◇
食後の食堂は、ボーナスの使い道の話で沸いていた。
新しい防具を買う。旅行に行く。貯金する。景気のいい声が、あちこちで弾んでいる。
俺のボーナスは、無い。
……いや、待て。あったな。
999,999ポイントという、とんでもないボーナスが。誰にも言えないだけで。
そう思ったら少しだけ機嫌が直った。我ながら現金なものである。
『ご利用は計画的に』
「まだ何も言ってないだろ」
◇◇◇
帰り道、支部の魔導掲示板の前で足が止まった。
週間予報の欄に、見慣れない印がずらりと並んでいる。
——嵐。嵐。嵐。
……週明けは、荒れるらしい。
◇◇◇
――――――――――――――――
【スキルボード】
氏名 :レント
レベル :999/999(MAX)
スキルP:999,963pt
取得済み:身体強化Lv2/解体Lv1
集中Lv1 ほか八件
備考 :繰り返しますが、当ボードに
決済機能はございません
――――――――――――――――




