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第4話 帰社日は定時後移動

 六月第一木曜。月に一度の「帰社日」である。


 帰社日とはなにか。

 派遣が月イチで所属元に顔を出し、近況を報告する日のことだ。

 問題はその時刻である。お知らせにはこうあった。「※定時後にお越しください」。


 つまり〈ガレオン〉で一日きっちり働いた後、暮れた街を三十分歩いて、自社とやらに顔を出すのだ。

 もちろんこの移動にも滞在にも、給料は一レンも出ない。


 ……歩きながら、ふと気づく。

 あれ。足が、軽い。

 【健脚Lv1】。先日の散財が、無給の移動を少しだけ楽にしてくれていた。

 スキルのおかげで無給労働が捗る。喜んでいいのか、これは。


『【健脚】が効果を発揮しております。快適な通勤をお楽しみください』

「無給の移動なんだが」

『快適な無給の通勤をお楽しみください』


 開き直るな。


 ◇◇◇


 人材派遣クラン〈アルメテパ〉本部。

 派遣ギルドに名を連ねる、れっきとした認定クランである。石造りの本部はやたら立派だ。

 こういうのを見ると、つくづく思う。マージンは、こういうところに化けるんだな。


 受付で名乗ると、廊下の端に案内された。

 椅子は無い。俺の席も、当然無い。

 帰社日、と言うわりに、帰る場所がこの会社には無いのだ。

 壁際の記帳台で、立ったまま近況報告書を書く。一日働いた後の足に、この立ち書類がじわじわ効く。


「レントさーん! お疲れさまです!」


 営業が来た。三ヶ月ぶりに見る顔だ。


「どうですか現場は。困ってることないですか?」


 あるに決まっている。

 先週は熱を押して二日連続で出社した。休めば無給だからだ。今この瞬間も無給だ。困りごとの在庫なら倉庫が建つ。


「……まあ、ぼちぼちです」

「よかった! いやあ、レントさんは手がかからなくて助かりますよ」


 言っても無駄なことは言わない。十六年で覚えた省エネである。


「それより朗報です!」


 営業が、恩着せがましい笑顔で一枚の紙を差し出した。


「契約単価、十レン上がりました!」


――――――――――――――――

【契約条件通知書】

 ご契約単価:4,230レン/時

       (改定:+10レン)

――――――――――――――――


 ……契約単価。

 これは〈ガレオン〉がアルメテパに払う、俺一人の値段だ。

 俺に支払われる時給は、この紙のどこにも書いていない。そして一レンも変わらない。


 アルメテパの昇給条件は「年齢とレート」で決まる。

 レートが5,000レンを超えない限り、時給は据え置きの規定なのだ。

 年功序列をさらに悪くした、弊社自慢の制度である。


 つまり、増えた十レンの行き先は——まるごと会社の取り分である。


「いやあ、レントさんの働きが認められたってことですよ! 私もうれしいです!」

「……そうですね」


 うれしいのは、お前だけだろ。


「え? なにか言いました?」

「いえ。ありがとうございます」


 記帳台に戻って、通知書の数字をあらためて睨む。

 この「朗報」のからくりは、こうだ。

 俺のレートは4,230レン。ガレオンに派遣されたとき4,000レンスタートだった。新人にとっては高水準だったが、そこからほぼ上がらない。十六年働いて、プラス230レンだ。


 ではその4,230レンのうち、俺の手取りはいくらか。だいたい1,210レンである。

 マージン率、約六割。

 残り四割からさらに「管理費」なるものが引かれて、手元に落ちるのがこの数字だ。

 何を管理しているのかは、十六年経っても分からない。


 レートが上がるかどうかは、派遣先ガチャだ。

 レートの上がる現場を引ければ昇給。外れれば一生このまま。

 昔、一度だけ頼んだことがある。別の派遣先にしてもらえないかと。

 返事はこうだった。「〈ガレオン〉さんに申し訳ないでしょう!」

 俺に申し訳なくはないらしい。


 じゃあなんでこんな会社にいるんだと言われそうだが、〈レーマン商会〉破綻の大不況のとき、十五歳の俺を拾ってくれたのはここだけだった。

 ……まあ、上の氷河期世代よりはましか。


「〈ガレオン〉さん、レントさんには長く働いてほしいって言ってましたよ!」


 営業は上機嫌で言う。

 なお俺の契約は三ヶ月ごとの更新である。長く働いてほしい相手と、三ヶ月刻みで契約する。不思議な世界だ。

 おかげで更新月が近づくたびに俺は今もソワソワする。十六年目でもだ。


 記帳台に戻る途中、営業の机の上が目に入った。

 俺のスキルシートだ。経歴の欄に、見慣れない文字が躍っている。


『大規模討伐プロジェクトにて中核メンバーとして活躍』


 ……素材袋を運んだだけだが?

 俺の経歴は、俺の知らないところで俺より出世していた。


『当ボードの記録では「素材袋運搬:累計一万四一二〇回」でございます』


 言うな。


 ◇◇◇


 帰り際、営業が思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ。明日〈ガレオン〉さん、ボーナス日ですね! 食堂がすごく豪華になるらしいですよ。いいなあ」


 お前が言うな。

 そして俺は、対象外だ。


 ◇◇◇


――――――――――――――――

【スキルボード】

 氏名  :レント

 レベル :999/999(MAX)

 スキルP:999,967pt

 取得済み:身体強化Lv2/解体Lv1

      気配察知Lv1/健脚Lv1

      夜目Lv1 ほか五件

 備考  :昇給おめでとうございます

      (お客様の昇給ではございません)

――――――――――――――――

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