第3話 副反応特別休暇(正社員に限る)
体が、燃えている。
目を覚ました瞬間にわかった。これはまずいやつだ。
関節はぎしぎしと軋み、体の芯は熱いのに肌だけが寒い。額に手を当てる。手のひらが火傷しそうだった。
『おはようございます』
視界の隅で、ボードが涼しい顔をして灯った。
『スキル取得に伴う副反応でございます。一度に10ptですので、二日ほどで治まります』
「二日……」
『ご利用は計画的に、と申し上げました』
「言い方ってものがあるだろ」
二日ほど、ということは、だ。
今日だけじゃない。明日もこれで出社が確定している。
いや——休めばいいのでは?
一瞬そう思って、すぐに打ち消した。
正団員には「スキル副反応特別休暇」がある。有給で診断書もいらない。「昨日ポイント振ったんで」の一言で堂々と休める、あの羨ましい制度だ。
では派遣は?
ただの欠勤である。つまり無給。ついでに欠勤は契約更新の査定にも響く。
熱が三十九度? それがどうした。
今日休んだら日当9,680レンがまるごと消えるんだぞ。
俺は這うようにベッドを出た。市場の隅で薬草茶を買う。一杯二百レン。
クランの治癒院にかかれば一発で治るだろうが、あれは正団員なら無料、派遣は全額自費で一回三千レンだ。日当の三分の一を治療に払っては本末転倒である。
薬草茶をすすって、作業着を着て、俺は今日も歩いて出社する。
◇◇◇
クラン支部の入口で、ちょうど正団員たちが出てくるところだった。
専用のロッカールームから、支給された防具に着替えて朝日みたいに爽やかな顔で。
だが派遣にロッカーは無い。
だから俺は家から作業着だ。通勤も作業着、勤務も作業着。
「お、派遣さん。今日も作業着で出勤? 楽でいいねえ」
「……そ、そうですね」
愛想笑いの下は、顔面蒼白である。楽でいいねえ、じゃないんだよ。
すれ違いざま、ひそひそと声がした。
「あの人、顔真っ青じゃない?」
「副反応なんて出ないのに。ボード無しなんだから」
「だよな。ただの風邪だろ。うつすなよー」
本物の副反応なんだが。
……とは、口が裂けても言えない。副反応が出るのはポイントを振った人間だけ。つまり「副反応です」と言った瞬間に「ボードが出た」とバレる。
バレたら、どうなるか。十六年の経験が即答する。
——時給は据え置きのまま、「できる奴」と見なされて、仕事だけが増える。
なるほど。これからは体調不良すら隠さないといけないわけだ。人生、複雑になったな。
◇◇◇
解体場。今日の最初の仕事はホーンラビット、八体。
ナイフを握る手元が、熱でぶれる。
ぶれるのだが——落ちない。踏ん張りが利く。昨日取った【身体強化Lv1】が、勝手に足腰を支えてくれている。
ポイントのせいで熱が出て、ポイントのおかげで立っていられる。
殴ってきた相手に、介抱されている気分だ。
『【身体強化】が正常に機能しております。なによりでございます』
なによりじゃないんだよ。
誰のせいで熱が出てると思ってるんだ。
『ご利用は計画的に』
うるせー。
昼を過ぎたあたりで、限界が近づいてきた。
視界が狭い。耳の奥で心臓の音がする。それでも手だけは動かし続ける。派遣は座り込む場所すら無いのだ。
「レントさん」
振り向くと、エリスさんが立っていた。きょろきょろと周りを確認してから、小さな瓶を押しつけてくる。
解熱ポーションだった。正団員にだけ支給される、あれだ。
「これ、私のぶんの支給品なので。余り物です」
「……いや、余り物って。支給されたの今朝ですよね」
「余り物です」
嘘が下手すぎる。
だが熱でふらつく頭には、その下手な嘘が妙に効いた。
「……ありがとうございます。助かります」
「お大事に。あと、ちゃんと休んでくださいね?」
われわれ派遣は、休んだら給料が消えるんですよ。
その一言は飲み込んで、俺は頭を下げた。
◇◇◇
二日目も、同じように這って出社した。
ポーションのおかげか山は越えていた。夕方には熱も引きはじめ、ようやく人間に戻ってきた気がする。
アパートに帰ると、扉の隙間に一通の鳩便が挟まっていた。
差出人、人材派遣クラン〈アルメテパ〉。
『次回帰社日のお知らせ』
『日時:六月第一木曜 ※定時後にお越しください』
……定時後。
〈ガレオン〉で一日働いた後に、自社まで歩いて、無給で近況報告をしに来い。そういうお知らせである。
どこまでも、無給が好きな会社だ。
◇◇◇
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【スキルボード】
氏名 :レント
レベル :999/999(MAX)
スキルP:999,989pt
取得済み:身体強化Lv1/気配察知Lv1
健脚Lv1/夜目Lv1
備考 :副反応は峠を越えました
(なお、特別休暇の制度は当ボードの管轄外です)
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