第17話 給料は五日分
それから三週間、俺は燃えていた。
比喩ではない。体温の話である。
1,000ポイント分の副反応は、10ポイントのあれを、そのまま百倍煮詰めたような代物だった。
汗をかき、震え、うなされ、たまに起きて水を飲み、また落ちる。その繰り返し。
断片的に覚えているのは、戸口に時々置かれていた籠だ。
パンと、果物と、解熱ポーション。
差出人の名前は無かった。聞かなくても分かる。正団員の支給品を「余り物です」と言い張る人を、俺は一人しか知らない。
ちなみに、言うまでもないことだが。
正団員ならこの三週間は「スキル副反応特別休暇」である。有給の。
派遣の俺は、ただの欠勤だ。二十一日分の、無給の。
◇◇◇
三週間あまりが過ぎて、九月に入った。
ようやく人間に戻った俺は、支部に復帰した。
最初に目に入ったのは、掲示板に貼り出された一枚だった。
『第五層スタンピード事案 最終報告』
『ドルフ氏の的確な指揮、およびエリス氏の事前の的確な助言により、人的被害ゼロを達成——』
二度、読んだ。
ドルフ氏の、的確な、指揮。
あの「あとは頼んだ!」が、指揮。
エリスさんの助言が認められたのは、いい。あれは本物の功績だ。徹夜の照合が、正しく載っている。そこは、いいのだ。
俺の名前は——「その他協力者」の欄を探して、無かった。
その他ですら、なかった。
まあ、知っていた。点呼にすら入らない男が、報告書に入るわけがない。
復帰の朝、声をかけてきたのは二人だけだった。
まず、バルドさん。
「……無事で、何よりだ」
それだけ言って、倉庫へ戻っていった。
入れ替わりに、協力会社の二年目が駆けてきた。
「せ、先輩! 生きてたんですね……!」
「生きてた、って」
この職場で受け取った労いは、十六年間でこの二つきりだが、たぶん、どちらも本物である。
◇◇◇
「レントさん……!」
振り向くと、エリスさんが駆けてきた。三週間ぶりに見る顔は、少し疲れていた。
「体、もう大丈夫なんですか」
「おかげさまで。……籠、ありがとうございました」
「な、なんのことでしょう」
嘘が下手なのは相変わらずである。
その手元に、書きかけの紙が見えた。
始末書、と書いてあった。
「……それは?」
「あ、これは、その」
彼女は観念したように白状した。
権限外者を魔導ゲートで通過させた件。つまり、意識のない俺をゲートで運んだ、あの件である。
規定違反。よって始末書。
人命救助で、始末書。
彼女の机の上では、功績を称える報告書の写しと、始末書の用紙が並んでいた。
同じ机に、この二枚が並ぶ職場である。
「私は、いいんです。規定は規定ですから。……でも」
でも、の続きは、彼女は言わなかった。
◇◇◇
夕方、事務方から封筒を渡された。八月分の給与明細である。
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【給与明細 八月分】
出勤日数:5日
欠勤日数:16日
支給額 :48,400レン
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四万八千四百レン。
スタンピードが八月の第一週。そこから三週間、まるごと寝込んだ。働けたのは月初の五日だけ。
スタンピードを止めた月の給料が、日当五日分である。
なお、討伐報奨金は正団員にのみ分配されたそうだ。あの群れを誰が減らしたかは報告書が決めることらしい。
……最悪だ。命がけの月が、五日分って。
◇◇◇
その後の顛末は、廊下で聞くともなしに聞いた。
エリスさんが人事に抗議したらしい。彼の貢献が報告書に無いのはおかしい、と。
返ってきた言葉は一言だったそうだ。
「派遣の評価は、派遣元の管轄なので」
あの人がいなかったら全員死んでたんですよ、と彼女は声を荒らげたという。彼女が職場で声を荒らげたのは、それが初めてだったと思う。
それでも、何も変わらなかった。
その日を境に、エリスさんは人事に何も言わなくなった。怒りが失望に変わった顔で、黙って始末書を書き上げていた。
◇◇◇
夜。アパートで、俺はもう一度明細を開いた。
怒りは湧かなかった。
呆れすら湧かなかった。
ただ——すっと、冷めた。
十六年、どこかで温め続けていた何かの火が消えた。音もなく。ドラマもなく。ろうそくを指でつまむみたいに。
俺は明細を三つ折りにして、封筒に戻した。
……次の更新は、しない。
誰にも宣言しない。拳も握らない。
ただの、事務的な結論である。
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【スキルボード】
氏名 :レント
レベル :999/999(MAX)
スキルP:998,723pt
取得済み:剣術LvMAX/身体強化LvMAX
気配察知LvMAX ほか二十件
備考 :おかえりなさいませ
(二十一日ぶりでございます)
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