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第13話 派遣の報告は通しません

 翌日も、魔物の様子はおかしかった。


 数が多い。明らかに多い。

 昨日のブラッドウルフだけじゃない。今日はケイブベアの親子が五層の浅場をうろついていた。あれは本来、六層より下の魔物だ。

 下の連中が、上へ上へと押し出されてきている。

 まるで、もっと下にいる「何か」から逃げるように。


 十六年の経験が告げていた。

 これは、スタンピードの前兆だ。


 ◇◇◇


 まず、ドルフさんに報告した。教育係であり、この班の指揮役でもある。


「あの、魔物の分布が変です。下層の個体が上がってきています。一度、探索を止めて調査を——」

「はあ?」


 ドルフさんは心底うんざりした顔をした。


「派遣の分際で、作戦に口を出すなよ。期日が決まってるんだ。素人が」


 素人。十六年目だが。

 まあいい。想定内である。次だ。


 現場責任者の正団員に、直接伝えた。


「……という状況です。せめて偵察の増員を」

「ん? これ、ドルフくんは了承してるの?」

「いえ、ドルフさんには先ほど——」

「ならだめだよ。派遣のくせに直接連絡しないでもらえる。順番ってものがあるでしょ」


 順番は守った。守った上で握りつぶされたから次に来たのだが。

 そうは言わない。言っても無駄なことは言わない。省エネである。


 ならばいったんクランに戻って支部長に——とは、考えるだけ無駄だ。

 この職場には「非正規は幹部に挨拶をしてはいけない」という不文律がある。

 挨拶が、だぞ? 直訴など、論外である。


 最後の手段として、携帯していた正規の報告書式に、その場で書いて出した。

 俺の見たもの、数、階層、時刻。全部書いた。

 その紙が「参考資料」と書かれた箱に、読まれずに放り込まれるところまで見届けた。

 参考にする気のない箱に、参考資料と名前をつけたのは誰なのだろう。


 支部の倉庫なら、バルドさんに愚痴の一つも聞いてもらえたのだが。

 あいにくここは五層の前線基地で、あの人は遠征には来ていない。

 まともに話を聞いてくれる人は、肝心な時に、いないのである。


 他に相談先を考えてみたが、思いついたのはアルメテパの営業だけ。

 あの「時給十レン上がりました!」に、スタンピードの前兆を相談しろと?

 ……詰んでいる。


 ◇◇◇


「……この職場、おかしくないですか」


 一部始終をそばで見ていたエリスさんが、ぽつりと言った。

 入団して初めて口にする類いの言葉だ、というのは、その顔を見れば分かった。


「レントさんの報告、全部正しいのに。誰も中身を見てない。誰が言ったかしか見てませんよね」

「……そういうものですよ、ここは」

「そういうもの、で流していい話じゃないです」


 彼女はしばらく黙って、それから顔を上げた。


「私、クランに戻って過去の記録を調べてきます。スタンピードの前例と照合すれば、正団員の報告として出せますから」


 言うが早いか、彼女は前線基地の魔導ゲートへ歩き出していた。

 正団員の権限で、ゲートは彼女を一瞬で本部へ運ぶ。

 俺が三時間歩いた道を、一瞬で。


 ……皮肉なものだ。

 あの腹立たしい権限格差が、今日だけは頼もしい。


 ◇◇◇


 日が暮れると、正団員たちはゲートで街へ帰っていった。

 遠征とは言うが、彼らにとっては日帰りの通勤である。ゲートがあるからだ。

 派遣は帰れない。夜のキャンプの見守りが、俺たちの夜間業務だ。ちなみに夜間手当は無い。見守りは業務ではなく「滞在」だからだそうである。誰が考えたんだ、その理屈。


 そして——翌朝。

 基地の警戒室の方から、ばたばたと足音がした。


 覗くと、壁際に並んだ魔物感知の水晶——五層の各区画に対応したそれが。


 一斉に、濁っていた。


 ……最悪だ。当たってほしくない予感ほど、当たる。


 エリスさんは、まだ戻らない。


 ◇◇◇


――――――――――――――――

【スキルボード】

 氏名  :レント

 レベル :999/999(MAX)

 スキルP:999,727pt

 取得済み:身体強化Lv7/解体Lv4

      気配察知Lv5 ほか十六件

 備考  :ご報告は当ボードでも承ります

      (どこにも届きませんが)

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