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第12話 手加減という名の無償労働

 第五層の探索が始まった。


 俺の配置は後方支援。前衛の討ち漏らしを処理しつつ、素材を回収して運ぶ係である。

 討ち漏らし処理、つまり戦闘。素材回収、つまり本業。二人分の役目で時給は一人分だ。細かいことを言うと負けな気がしている。


 で——早速、困ったことになった。


 グレイオークが一体、討ち漏らされてこちらに来た。

 五層の主力級。以前の俺なら、逃げ腰で時間を稼ぐのが精一杯の相手である。

 幸い、ここは隊列の最後尾。誰も見ていないから、遠慮もいらない。

 軽く、小突いた。


 ——吹っ飛んだ。


 壁まで。

 【身体強化Lv7】。強すぎる。加減したつもりで、加減になっていない。


「な、なあ。手加減できるスキルとか、ないのか」

『申し訳ございません。【手加減】というスキルのお取り扱いはございません』

「またそれか」

『出力の調整は、ご自身の裁量でお願いいたします』


 ご自身の裁量。

 出た。契約外の業務は自己責任、という例の構文である。この板、たまに営業を通り越して派遣元みたいなことを言う。


 ◇◇◇


 仕方がないので、次からは演技をすることにした。


 わざと一撃目を外す。よろける。「くっ」とか言う。二撃目でようやく仕留めたふりをして、息を切らせてみせる。

 我ながら、迫真であった。


 問題は、これを一日中やると、本気で戦うより疲れるということだ。

 磨かれていくのは剣の腕ではなく、演技力である。スキルツリーのどこにも無い技能だけが、今日も俺の中で成長していく。


 ……ふと視線を感じた。

 エリスさんが、少し離れた岩の上から、じっとこちらを見ている。

 「くっ」のあたりから見られていた気がする。

 ……その目は、やめてほしい。


 ◇◇◇


 昼過ぎ、それは起きた。


 離れた区画から、金属音と悲鳴。

 【気配察知Lv5】が、別班の窮状を拾った。魔物の群れに、囲まれている。


 まずいのは数だけじゃない。気配の質だ。

 ——ブラッドウルフ。七層あたりの個体である。五層にいていい魔物じゃない。


 俺は素材袋を置いて、岩陰を走った。


 正面から助けに入れば、目立つ。目立てば詮索される。

 だから、目立たないようにやる。

 十六年、俺の仕事はずっと「目立たない雑多な仕事」だった。今日のは少し違う。

 ——目立ってはいけない重要な仕事だ。


 まず、別班の退路を塞いでいた三匹。岩陰から一瞬で始末して、死体は暗がりに蹴り込んだ。

 次に、頭上の岩盤。緩んでいた岩を、群れの後方へ落とす。落石に見えるように、自然に、それらしく。


 群れが怯んだ。退路が開いた。

 あとは別班が自力で走って、離脱した。


「た、助かった……!」

「運が良かったな! 落石がなかったら危なかったぞ」


 そうだな。運が良かったな。

 俺は素材袋を回収しながら、聞こえなかったふりをした。手柄はいらない。詮索されないことが、今の俺の給料だ。


 ただ——。

 袋を担ぎ直しながら、嫌な汗が背中を伝った。


 七層の魔物が、五層に上がってきている。それも群れで。

 この階層に、この数、おかしい。


 十六年の経験が、静かに警報を鳴らしていた。

 こういう時のダンジョンは、決まって——何かが起きる。


 ◇◇◇


 夕方、第五層入り口付近の前線基地に戻る道すがら。


 ずん、と。

 足の裏に、かすかな振動が届いた。


 最深部の方角から、地鳴り。

 一度きり。だが、確かに。


 ……強すぎるのも労災にならないかな。

 いや、違うな。労災になってほしいのは、これから起きる何かの方だ。


 ◇◇◇


――――――――――――――――

【スキルボード】

 氏名  :レント

 レベル :999/999(MAX)

 スキルP:999,727pt

 取得済み:身体強化Lv7/解体Lv4

      気配察知Lv5 ほか十六件

 備考  :遠征開始よりご利用がありません

      (当ボードは暇でございます)

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