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第11話 勘と経験と度胸

 八月に入った。世間は夏の大型連休を前に浮かれ始めている。


「連休どこ行く?」

「実家かなあ。あ、うち湖畔の保養所取れたよ」

「いいなー」


 詰め所の雑談を聞き流しながら、俺は暗算する。

 連休、五日。日当九千六百八十レンかける五。

 ——四万八千四百レン。

 それが、連休で消える金額である。

 時給制にとって連休は休暇ではない。減給だ。世間が浮かれるほど、俺の財布は静かになる。


 ◇◇◇


 そんな折の、第五層動員である。

 通達は紙切れ一枚だった。


『第五層にて指示された魔物を討伐せよ。以上』


 以上、じゃないんだよ。

 なぜ今、第五層なのか。何が出るのか。何のための攻略なのか。全部書いていない。

 検討会議とやらはあったらしいが、派遣は呼ばれないので何も知らない。

 やることだけが降ってくる。背景は現地で拾えということだ。


 ちなみに派遣の業務は本来、解体と運搬である。

 だが今回は「人手不足のため」討伐要員にも組み込まれた。

 時給は変わらない。解体しても戦っても1,210レンである。命の値段も、据え置きだ。


 ◇◇◇


 出発の朝——と言っても、派遣の朝は早い。


 正団員の始業は九時。支部の〈ゲートの間〉から魔導ゲートをくぐれば、一瞬で第五層の入り口付近の前線基地まで飛べる。つまり九時に出ても、余裕で間に合う。

 一方、派遣にはゲートの使用権限が無い。

 よって俺たちは朝六時に集合し、資材と一緒に貨物用昇降機、そこから先は徒歩である。五層は深いのだ。合計、約三時間。


 ……最悪だ。移動時間は時給に入らないんだぞ。


「お待たせしました!」


 昇降機の前に、なぜかエリスさんが立っていた。


「……ゲート組では?」

「歩いた方が、道を覚えられるので!」


 そういうことにしておこう。押しが強い上に、理屈も強い。


 ◇◇◇


 暗い坑道を歩きながら、エリスさんが聞いてきた。


「あの、前から聞きたかったんですけど。KKD斬りって、どういう意味なんですか?」

「……ああ」


 大した由来じゃない。


「勘と、経験と、度胸です。頭文字でKKD」

「勘、経験、度胸……」

「スキルの振れない人間が現場に立つには、その三つしかなかったんですよ。十五で働き始めて十六年。体で覚えたものの寄せ集めです」


 我流も我流。教本もなければ師匠もいない。

 ダンジョンと理不尽が、俺の先生である。


「……それって」


 エリスさんは少し黙って、それから言った。


「スキルより、すごくないですか」


 うまいお世辞を言うものだ。院卒は世辞まで優秀である。

 ……お世辞、だよな?


 ◇◇◇


 そうして、九時すぎ。

 三時間歩いて一仕事終えた顔の俺たちと、ゲートから降りてきたばかりの涼しい顔の正団員たちが、前線基地で合流した。

 そしてそのまま、作戦会議が始まった。

 もちろん派遣は入れない。会議室の外で荷物の番をしながら、扉越しの断片を拾う。


「——五層の個体数が——」「——期日は連休前に——」


 なるほど。連休前に片付けたいから急いでいる、と。

 漏れ聞いた断片で組み立てた推測の方が、通達の紙切れより情報量が多いのは、どういうことなのか。


 会議から出てきたドルフさんが、俺を見て鼻を鳴らした。


「派遣さんも討伐に出るんだって? まあ、足を引っ張らないでよ。僕は【剣聖の型Lv7】だからね。プロパーの、ね」


 出た。プロパー自慢である。

 生え抜きの正団員を、この業界では「プロパー」と呼ぶ。中途がその下に続き、派遣は数に入らない。


「はい。お邪魔にならないようにします」


 深々と頭を下げる。今日もよく撓る腰である。


 ◇◇◇


 前線基地に荷を下ろし、ふと第五層の入り口へ目をやった。

 ——そして、足が止まった。


 骨だ。

 魔物の骨が、入口の周りに異常な数で散らばっている。

 古いものじゃない。せいぜい、ここ数ヶ月のものだ。


 【気配察知Lv5】が、坑道の奥から届く「圧」をうっすらと拾っている。


 ……この層、何かおかしいぞ。


 ◇◇◇


――――――――――――――――

【スキルボード】

 氏名  :レント

 レベル :999/999(MAX)

 スキルP:999,727pt

 取得済み:身体強化Lv7/解体Lv4

      気配察知Lv5 ほか十六件

 備考  :本日の徒歩移動:三時間十二分

      お疲れさまでございました

――――――――――――――――

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