第34話 「美咲の影と、灯りに包まれた夜」
第34話 「美咲の影と、灯りに包まれた夜」
夜が深まった灯台荘の二階。
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悠真と美咲は、誰も使っていなかった小さな客室に並んで座っていた。
窓の外では、波の音が静かに繰り返し、回転灯の淡い光が部屋の壁を周期的に照らしていた。美咲は膝の上に手を置き、指を強く組み合せていた。
再会の喜びが少し落ち着いた今、胸の奥にしまっていたものが、ゆっくりと溢れ出し始めていた。「……お兄ちゃん、聞いてくれる?
私がここに来るまで、どんな日々だったか。」悠真は無言で頷いた。
まだ言葉は少ないけれど、その瞳はしっかりと妹を見つめていた。美咲は深く息を吸い、震える声で語り始めた。
十年前、お兄ちゃんが施設に入った直後——
私はまだ二十歳を過ぎたばかりだった。
両親はすでにいなくて、唯一の家族だったお兄ちゃんが、突然いなくなった。
連絡もつかない。手紙も返ってこない。
「生きているのか、どうしているのか」それだけが、毎晩のように胸を締め付けた。保育士の勉強を続けながら、夜はコンビニのアルバイト。
朝は早朝の託児所の手伝い。
眠い目をこすりながら子供たちに笑顔を向けるたび、心の中で叫んでいた。
「私も、誰かに守ってほしい……」
でも、そんな弱音を吐ける相手はいなかった。ある日、預かっていた男の子が、突然「先生のお兄ちゃんは?」と聞いてきた。
その瞬間、胸が張り裂けそうになって、トイレに駆け込んで泣いた。
子供たちの純粋な瞳が、逆に私の傷をえぐるようだった。
「先生、今日は元気ないね」って言われるたび、罪悪感で夜も眠れなくなった。それから数年。
何度も「お兄ちゃんを探そう」と決意しては、施設の壁にぶつかった。
「個人情報だから」と門前払い。
手がかりはほとんどなく、ただ「行方不明」のまま、時間だけが過ぎていった。去年、ようやく施設の元職員から「灯台荘にいる」という、ほんの小さな情報を得た。
でも、すぐに会いに行けなかった。
「もし、拒絶されたら?」
「もう、私のことを忘れていたら?」
そんな恐怖が、足を止めた。
あかりちゃん——私が今担当している女の子——が「先生、泣かないで」って抱きついてくれるたび、
「私も、誰かに『ただいま』と言いたい」って、胸が痛くなった。
美咲の声が、そこで途切れた。
頰を伝う涙が、膝の上の手に落ちた。悠真は震える手で、妹の肩にそっと触れた。
十年ぶりの、その大きな手の温もりが、美咲の体を包み込んだ。「……ごめん。」
悠真の声は掠れていたが、確かに届いた。
「俺が……ずっと、逃げてて……美咲を、ひとりにして。」美咲は兄の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。
「違うよ……お兄ちゃんが生きててくれて、
ここで少しずつ笑えるようになってて……
それだけで、私は救われた。」部屋の外では、澪が静かにドアの前を通り過ぎ、
海人が灯台のてっぺんで星空を見上げていた。
皆が、そっとこの兄妹の時間を守っていた。
翌朝。
美咲はあかりと一緒に、外壁の塗装を手伝っていた。
悠真の隣で刷毛を動かす美咲の表情は、昨夜よりずっと柔らかくなっていた。海人は皆に、静かに言った。
「美咲さんの過去の影も、今日、ここに届いた。
灯台の光は、痛みを照らすこともできる。
そして、痛みを分かち合ったときにこそ、
より強く、温かい光になる。」夕暮れの岩場で、奏のギターが優しく響いた。
美咲は悠真の隣に座り、時折、小さな笑みを浮かべていた。夜。
海人は灯台の最上部で、遥に語りかけた。(遥……
美咲の胸にも、長い影があった。
十年分の孤独と、罪悪感と、静かな叫び。
でも今、その影の上に、兄の温もりが重なっている。
ここは、そんな場所だ。
誰もが抱えてきた闇を、そっと灯で包む場所。
……ありがとう。
君の残した光は、こんなにも多くの人を、優しく照らしてくれている。)風が、皆の頰を温かく撫で、灯台の光は静かに、夜の海を照らし続けた。
(第34話 完)
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