第28話 「小さな手と、灯る記憶
第28話 「小さな手と、灯る記憶)
朝の六時。
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灯台荘の台所は、二十一人の静かな息遣いで優しく満ちていた。松本恵美はあかりを抱いたまま、窓辺の椅子に座っていた。
あかりの小さな手が、恵美の指に絡みついている。
昨夜、初めて二人で過ごした部屋の布団の温もりが、まだ体に残っていた。澪が味噌汁をよそいながら、穏やかな声をかけた。
「恵美さん……あかりちゃん、よく眠れましたか?」恵美は少し迷ってから、掠れた声で答えた。
「……夜中、二回起きて『ママ、いなくなっちゃうの?』って泣いたんです。
私、胸が張り裂けそうになって……『もう絶対離れないよ』って、何度も抱きしめながら約束したのに……まだ、怖がらせてるんだなって。」海人が静かに近づき、あかりの頭を優しく撫でた。
「あかりちゃんが怖がるのは、当然だよ。
これまでずっと、不安の中で待たされてきたんだから。
でもここでは、ゆっくり時間をかけていい。
『離れない』って言葉は、約束じゃなくて、毎日積み重ねるものだから。」あかりが眠そうに目をこすりながら、小さな声を出した。
「……ママ、ここ、きらきらするね。灯台さん、ずっと光ってるの?」恵美の目が潤んだ。
「そうよ。あかり……ここは、暗くても光を消さない場所なんだって。」午前中、十九人の大人たちは各自の作業をしながら、あかりの小さな影を見守った。
雪乃が岩場で桜の落ち葉を集めていると、あかりが近づいてきた。
小さな手で一枚の花びらを拾い、雪乃に差し出す。「これ、お姉ちゃんに……」
雪乃は一瞬息を飲み、膝を折ってあかりの目線に合わせた。
「……ありがとう。あかりちゃん。
私、三年前に家を出てから、誰かに『ありがとう』って言われたの、初めてかもしれない。
ここに来るまで、私は『いらない子』だって思ってた。」あかりが首をかしげて、
「雪乃お姉ちゃん、いらない子じゃないよ。
あかり、好きだもん。」雪乃の頰を、静かに涙が伝った。
「……嬉しいよ。あかりちゃん。
私も、あなたが好き。」午後、機械室。
Ólafur Arnaldsの《Particles》が流れていた。
繊細なピアノの粒が、一つずつ光のように散らばり、部屋を満たす。拓也があかりに、古い木片で作った小さな舟を渡した。
「これ、灯台から海へ旅立つ舟だ。
お前のお母さんも、俺たちも、みんな少しずつ傷ついて海に流されて……でもまた、岸に帰ってきた。
あかりちゃんも、いつか自分の舟を作れるようになるよ。」あかりは舟を両手で包み、恵美を見上げた。
「ママも、一緒に乗る?」恵美は声を詰まらせながら頷いた。
「……うん。一緒だよ。ずっと。」夕方、岩場で二十一人は輪になった。
奏と響子がギターとチェロで《Saman》を奏でる。
あかりが恵美の膝の上でリズムに合わせて体を揺らし、時折小さな手拍子を入れる。
その音が、皆の心の奥に、静かに響いた。夜。
二十一個の杯にハーブティーが注がれた。
海人は皆の顔を、ゆっくりと見つめた。
灯りの柔らかな影が、一人ひとりの表情を優しく照らす。「今日は、あかりちゃんの小さな手が、
この灯台にまた一つ、温もりを加えてくれた。
私たちは、完璧な家族じゃなくていい。
傷を抱えたまま、離れかけた手と手が、再び触れ合う場所……
それだけで、十分に『家』なんだ。」恵美があかりを抱きしめながら、震える声で言った。
「……私、ずっと『母親失格』って自分を責めて、
あかりの前から消えようと思った夜もあった。
でもここで、みんなの痛みを聞いて……
『生きてるだけでいい』って、初めて信じられた。
ありがとう……本当に。」あかりが眠そうに呟いた。
「ママ、ただいま……」恵美の涙が、あかりの髪に落ちた。
「……おかえり、あかり。」最上部。
海人は星空の下、遥に語りかけた。(遥……
小さな手が、また一つ灯をともしたよ。
この春は、傷ついた記憶さえも、
優しく芽吹かせてくれる。
灯台は、これからもずっと、
**「ただいま」を待つ光であり続ける。
灯台は、これからもずっと、
**「ただいま」を待つ光であり続ける。




