第27話 「預けられた朝と、帰る約束」
第27話 「預けられた朝と、帰る約束」
(改訂版・対話深化)
朝の五時四十分。
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灯台荘の台所は、まだ薄暗い。二十人分の息遣いが、静かに部屋を満たし始めていた。松本恵美は窓辺の古い椅子に座り、膝を抱えていた。指先が震え、昨夜のハーブティーの杯をただ見つめている。
澪がそっと寄り、温かいほうじ茶を置いた。湯気が立ち上る。「恵美さん……今日、お迎えに行くんですね。」
澪の声は、まるで風がそっと触れるように柔らかかった。恵美は茶碗を両手で包み込み、目を伏せた。
「……行っても、いいんでしょうか。あかりに……『ママはもういらない子』って思われてないか、怖くて。
私、母親失格だって……自分でも何度も言ってきたから。」海人が静かに隣に腰を下ろした。
彼はしばらく何も言わず、ただ恵美の震える肩のそばに自分の温もりを置いた。
やがて、低く、けれど確かに響く声で言った。「恵美さん。『失格』って言葉は、誰かに貼られたラベルだ。
でもここでは、そんなラベルは剥がしていい。
あかりちゃんが待ってるのは、完璧な母親じゃなくて……ただ『ママ』って呼べる人だよ。」恵美の目尻に涙が浮かんだ。
「……ずっと、夜中に公園のベンチで泣いてたんです。
『あかり、ごめんね。お母さん、弱くてごめんね』って、何度も何度も……」午前八時。
海人、澪、雪乃と共に預け先のアパートへ。
ドアが開くと、四歳のあかりが小さな影のように立っていた。「あ……ママ……?」
あかりの声は、信じられないという響きを帯びていた。恵美の足が凍りついた。
海人が背中をそっと押す。
恵美は震える息を吸い、膝を折ってあかりの目線に合わせた。「……ただいま、あかり。
お待たせして、ごめんね。
ママ、ずっと怖かったよ……あかりに嫌われたらどうしようって。
でも、会いたくて、会いたくて……耐えられなかった。」あかりの小さな手が、恵美の頰に触れた。
「ママ、泣かないで……。あかり、待ってたよ。ずっと。」その言葉に、恵美の胸が音を立てて崩れた。
涙が止まらず、彼女はあかりを抱きしめた。
「ありがとう……生きててくれて、ありがとう……」車の中。
あかりが恵美の膝の上で眠りに落ちた後、雪乃が静かに言った。「私も……家出して三年、親に『お前なんかもう家族じゃない』って言われたとき、
死にたくなった。
でも灯台荘に来て、初めてわかったんです。
『帰れる場所』があるって、それだけで人間はまた息ができるんだって。」恵美はあかりの髪を撫でながら、掠れた声で答えた。
「……私も、ようやく息がしたい。
あかりと一緒に。」午後、灯台荘に戻る。
機械室ではÓlafur Arnaldsの《Found》が流れていた。
一音一音が、欠けた心の欠片を優しく拾い上げるように。拓也があかりに手作りの小さな灯台模型を差し出しながら、照れくさそうに言った。
「ここはな、暗くても光を消さない場所なんだ。
お前のお母さんも、俺たちも……みんな、少しずつ光ってる。
だから、怖がらなくていいよ。」夕方、岩場で二十人は輪になった。
奏と響子が《Woven Song》を奏でる。
あかりが小さな手拍子を入れ始め、恵美はそれを抱きながら初めて、胸の奥から溢れる笑みをこぼした。夜。
二十一個の杯にハーブティーが注がれた。
海人は皆の顔をゆっくりと見回し、静かな、けれど熱を帯びた声で言った。「今日は、あかりが帰ってきた。
私たちが失ったもの、傷ついたもの、全部抱えたままでも……
ここでは『ただいま』と言える。
それが、春の再生なんだ。
完璧じゃなくていい。
ただ、生きてるだけでいい。」恵美があかりを抱いたまま、涙声で呟いた。
「……ただいま。
みんな……ありがとう。」最上部。
海人は星空の下、遥に語りかけた。(遥……
また一つ、小さな命がここに灯ったよ。
この灯台は、これからもずっと、
傷ついた者たちが「帰れる」光であり続ける。)(第27話 完)




