第26話 「預けられた朝と、帰る約束」
第26話 「預けられた朝と、帰る約束」
朝の五時四十分。
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灯台荘の台所に、二十人分の息が静かに満ち始めていた。松本恵美は昨夜ほとんど眠れず、窓辺の椅子で膝を抱えていた。
テーブルの上には、昨日海人が作った小さな木の椀と、もう一つ——子ども用のスプーンが添えられていた。
外では桜の花びらが風に乗り、ガラス窓を優しく叩いている。澪がそっと近づき、温かいほうじ茶を置いた。
「恵美さん、今日は……お子さんを迎えに行かれるんですよね?」恵美は小さく頷き、震える指で茶碗を包んだ。
「友達の家に預けたまま、一週間……。『お母さん、頑張ってるからね』って言ったけど……本当に、迎えに行っていいのか……母親として、顔を見せられるのか……」海人は黙って恵美の隣に座り、ただ一緒に朝陽を待った。
やがて六時半、十九人全員が自然と台所に集まった。
誰も急かさず、ただ「いってらっしゃい」と「ただいま」を待つ空気が、そこにあった。午前八時。
海人と澪、雪乃の三人で恵美を車で送った。
預け先の小さなアパートに着くと、ドアの向こうから幼い足音が聞こえた。「ママ……!?」
四歳の女の子・あかりが、友達のおばさんの後ろから顔を出した。
恵美の足が一瞬止まった。
海人が背中を軽く押した。「……ただいま、あかり。」
恵美の声はかすれていた。
あかりは一瞬迷ってから、ぱっと駆け寄り、恵美の腰にしがみついた。
「ママ、遅かった……」その瞬間、恵美の頰を涙が伝った。
雪乃があかりに小さな桜の花びらを差し出しながら囁いた。
「灯台荘はね、いつでも帰れる場所なんだよ。」車に戻る道中、あかりは恵美の膝の上で眠っていた。
海人はバックミラー越しに静かに言った。
「完璧な母親じゃなくていい。ただ、『ただいま』って言える場所を、一緒に作ればいい。」午後、灯台荘に戻った二十人。
あかりは不思議そうに白い灯台を見上げていた。
機械室では、Ólafur Arnaldsの《Found》が流れていた。
ピアノの単音が、まるで欠けたピースを一つずつ埋めていくように響く。拓也があかりに小さな手作りの灯台模型を渡した。
「ここはね、暗くても光を灯す場所なんだ。
お母さんも、みんなも、ちょっとずつ光ってるよ。」夕方、岩場で二十人は輪になった。
奏と響子が《Woven Song》を、今回はあかりの小さな手拍子に合わせて奏でた。
恵美はあかりを抱きながら、初めて心から笑った。夜。
二十一個の杯にハーブティーが注がれた。
海人は皆を見回し、穏やかに言った。「今日は、あかりが帰ってきた。
私たちが失ったもの、傷ついたもの、全部抱えたままでも、
ここはいつでも『帰れる場所』だ。
それが、春の再生なんだ。」最上部。
海人は星空の下、遥に語りかけた。(遥……
小さな命が、もう一つここに灯ったよ。
この灯台は、これからもずっと、
「ただいま」を待つ光でい続ける。)




