攬月(らんげつ)の春、現世(うつしよ)の夢
三月の江南。雨が山々を清め、連なる青翠はさながら名工が裁った絹織物のようでした。その山々に抱かれた奥深く、奇岩がそびえ、三重に巡る渓流が天地を慈しむように包み込む場所に「回雲谷」と呼ばれる地があります。谷間には「攬月閣」という私塾がひっそりと佇んでいました。人里離れた場所にありながら、主の博識ぶりは遠く京の都にまでその名が届くほどでした。
その年の晩春、攬月閣で盛大な春の宴が催されました。蘇錦娘が姿を現したとき、人々はちょうど詩を詠み合っているところでした。彼女の手には、滴るほどに鮮やかな若緑色の絹扇。それを青々と茂る草地にかざせば、どこまでが扇でどこからが芳草か、見分けがつかないほどでした。
宴も半ばを過ぎ、酔い心地を誘う酒の香が漂うなか、錦娘は座の真ん中へと歩み出ました。彼女が身に纏うのは、細かな銀糸の縁取りが幾重にも重なる、石榴色の鮮やかな湘水裙。腰を軽くひねれば、その強烈な赤色が、地面を白く埋め尽くす落花のなかで舞い踊ります。
その舞は激しく、翻る紅い裾は、ある時は燃え盛る烈火のように、またある時は空を染める夕映えのように見えました。舞い散る白梅の花びらが彼女の肩に留まり、裙のひだに巻き込まれては、紅い衣に引き立てられていっそう艶やかに輝きます。
その夜が明けたあとも、人々の心には鮮明な記憶が残りました。秀麗な山水に抱かれ、緑の扇が草に溶け、紅い裙が落梅と舞ったあの午後のひととき。それは、山川の霊気が紡ぎ出した、ひとときの麗しき現世の夢でした。
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