「葛藤」
隼人は心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。喜びではない。動揺で激しく脈打っているのだ。
「俺が幹部ですか? いや、俺の実力はまだ幹部の方々に及びませんよ」
「そうですか? 幹部を二人も討伐し、並の戦闘員でも討伐するのに一苦労な忌獣を一掃するその強さ。まさしく幹部に相応しいと私は思いますよ」
光が聴き心地のいい穏やかな声で隼人を褒め称えてきた。
「もちろん。強要はいたしません。ただ、貴方が対策本部に来た当初の願い。忌獣の討伐。これを前線で好きなだけ叶えられます。幹部とはそれほど現場へ足を踏み入れる機会も多いですから」
隼人は目を見開いた。彼の悲願である鳥籠の壊滅及び忌獣の殲滅。前線で自分が活躍すればその確率も格段に上がる。
しかし、同時に光が管理する現在の対策本部の現状も頭をよぎった。傍若無人で振る舞いで構成員を粛清する戦闘員達。
あの中で仕事をすると考えると隼人はどこか嫌悪感すら覚えた。
「感情を整理する時間は必要でしょう。一週間待ちます。良き返事期待していますよ」
光が再び、笑顔の仮面を被った。
首長室を出た後、隼人は夜の公園で一人、缶コーヒーを啜っていた。コーヒーを飲んでいる最中、光との会話が頭を巡った。
「どうすっかな」
光の言う通り、幹部になれば積極的に鳥籠と戦うことも多くなる。金剛杵学園入学当初の自分なら速攻で同意していた。
しかし、蛮族の巣窟と化した忌獣対策本部に居続ける隼人は少し、危機感と限界を覚えていた。
「コーヒーの飲み過ぎは良くないわよ」
薄いパーカーを着た結巳が隣に腰を下ろした。首長室から出た後、彼女から連絡が来て、落ち合うことになったのだ。
「少し落ち着きたいんだ。許してくれ」
「兄さんに何を言われたの?」
結巳の問いかけに隼人は生唾を呑んだ。普段は感じないはずなのに妙な緊張感すら覚えた。
「幹部に誘われた」
「えっ?」
結巳の瞳孔が開いた。驚くのも無理はない。多くのものは戦闘員として、数年間で経験を積んで認められるのだ。
隼人も修羅場をくぐった数が多いとはいえ、あまりにも早い昇進である。
「あなたはどうしたいの?」
「迷っているんだよ。少し前の俺ならすぐに首を縦に振っていたけどさ」
再び、コーヒーに口をつけた。苦味が冷たさを帯びて、舌に広がる中、思考を巡らせる。
「幹部になるのも、降りるのもどちらも間違っていないわ。貴方がどっちの選択をとっても私が支える」
結巳が隼人に向かって凛々しさが漂う笑みを向けた。ここまで積み上げて来た彼女との信頼。
彼女からこんな言葉がもらえるとは考えもしなかった。隼人は思わず、笑い声を上げた。
「何がおかしいのよ」
「いや。聖堂寺からそんな言葉が聞けるとはな」
「私、優しいのよ。知らなかった?」
「おう」
「即答しないでよ」
結巳が眉間に皺を寄せた。笑い声を上げると先ほどまで心に立ち込めていた鬱屈とした気分が晴れた気がした。
「ゆっくり決めていくよ」
「そうしなさい」
「よーし!」
隼人は冷え切ったコーヒーを飲み干すと、背筋を伸ばした。
「行くぞ」
結巳とともに寮へと足を進めた。
隼人がいなくなった首長室。光は一人、書類と向き合っていると木製の扉がノックされた。
「どうぞ」
「新首長就任おめでとうございます。聖堂寺さん」
「ありがとうございます。白峰さん」
そこには隼人と結巳のクラスメイトの女子生徒である白峰揚羽がいた。
「私。そんなに大したことしてないですよー」
「いえいえ。無人島での一件、文化祭や都市部襲撃。あなたが工作員としてこちらに情報を送ってくれた事で成立する事が出来ましたから」
光はつらつらと彼女の功績を口にして行く。揚羽が満更でもないような表情を浮かべている。
「迦楼羅さん、いやお父様もさぞ、お喜びになっている事でしょう」
「そうだといいんですけどね」
「ええ。必ず」
光は凍りつくような不敵な笑みを浮かべた。
ありがとうございました!




