少女は、自分なりにおっさんの真似をするようです。
今、『腕』に対しては『風』で有利が取れる。
レヴィはガーターベルトの太もも辺りに埋め込まれた【カバン玉】から、筒を一つ取り出した。
【風遁の序】である。
中位の魔導具である【風遁の鼬】とは違い攻撃力はなく、ただ相手の動きを阻害する突風を放つものだ。
ーーークトーなら。
レヴィは、自分が前に出過ぎることをもう知っている。
最近でこそ前を任されていることも多いが、自分の得意なことを見失ってはいけない。
ーーー撃つことと、避けること。
出来ることが増えたところで、得意なことがすぐに変わるわけではないのだ。
最初、クトーに褒められたのは、その二つだった。
前に出たい気持ちを抑えて、彼の言う通りに遊撃に徹していた時。
レヴィは、彼が愚直なほどに出来ることしかしていないのを、目のあたりにしていた。
それでも一番最初、クトーと一緒に戦ったのはラージフット戦。
その時に彼は、弓を構えて常に警戒していた。
ーーー人の命を預かったなら。
今度はレヴィがそれをやるのだ。
ノリッジとスナップ。
彼らをわざわざ引っ張り出して、動かしているのは今は自分なのだから。
「ノリッジ!」
「おぉよ!」
声をかけると、着地したレヴィに意識を向けていた『腕』に対して、飛び込んできたノリッジが斧で斬りかかる。
「ぬぅりゃぁ!」
衝撃波が収まった絶妙のタイミング……だが、手首辺りに彼が加えた斬撃は、その表皮にあっさり弾かれた。
『腕』が煩わしそうにノリッジに向かって尾を振るうが、スナップが、尾と彼の間に割り込む。
「〝固まれ〟!」
『地』の防御スキルを発動して左手の小盾で攻撃を受けたが、そのまま吹き飛ばされた。
「ぐぅ……!!」
「スナップ!」
地面に叩きつけられたおかっぱの戦士に、思わずレヴィは声を上げるが。
「だ、大丈夫だ! こっち気にしてる暇があったら、ちゃんと気ィ引けよド貧乳!!」
「胸のこと言うんじゃないわよ!」
言葉通り、吹き飛ばされはしたものの致命的なダメージは受けていないらしい。
クトーに『仲間を守りきれない』と言われて顔を真っ赤にしていた小男が、Sランクの魔族を相手に耐えるのは凄まじい成長だった。
ーーーいきなり上手くいかないわね……でも!
彼の作り出した隙に、レヴィと、そしてノリッジもそれぞれに応える。
「〝吹け〟!!」
「〝締まれ〟!」
レヴィは【風遁の序】を投擲して『腕』に突風を叩きつける。
聖石の衣服によって強化された風撃が、バチバチと敵が纏う地属性の瘴気と反応してその動きを押し留めた。
同時にノリッジが、短い間自らの膂力を爆発的に増強させる『地』のスキルを発動して再度斬りかかる。
次の一撃は、ドン! と重い音を立てて『腕』が地面に置いた手の甲に突き刺さった。
『ギィイオォオ……!!』
「……兄貴」
一斉に呻きを上げる『腕』の全身に浮かんだデストロの顔に、顔を歪めながらノリッジが後退する。
斧で与えた損傷は大したことがないが……。
「自己強化スキルなら、相手の無効化の影響受けねーぞ!」
「攻撃もだ! 刃が無属性ならちゃんと刺さる!」
「やるじゃない!」
言いながら、レヴィも後ろに飛んだ。
阻害の影響が消えた『腕』から怒気が放たれるのを感じながら、二人の攻撃と【風遁の序】によってレヴィ自身も活路を見出していた。
ーーー思ったより柔らかいわね。
多分、闇属性の時に一番攻撃力のある『火』の剣舞士で斬り掛かれば倒せるはずだ。
先にそれを狙って始末しようかとも思ったが……。
ーーー無理しても意味ないわよね。
クトーなら、こういう時こそ慎重になるはずだ。
他の人間に出来ることならそれは人に任せて、全員がきちんと連携を取れるように……。
必要なのは、報告と、連絡。
そして相談だ。
「ノリッジ! スナップ! 『地』の攻撃が効けば、あいつを殺せる手段ある!?」
「「ある!」」
「上等!」
その問いかけに二人が応えたのを受けて、レヴィはペロリと唇を舐めた。
「なら、トドメは任せるわよ! もう一回、ゴー!」
レヴィは相手が動き出す前に、再度、風気を纏うナイフを投擲した。
そしてニンジャ刀を【風竜の長弓】に変化させながら、今度は【水遁の序】を抜き放つ。
ーーー湧け!
再び『腕』の左右に向かって半円を描くように走り出した二人を意識しつつ、レヴィは敵に対して水流を叩きつけた。
気を引くのは、あくまでも自分の役割。
囮に徹して、無理をせずに、全体を俯瞰するように……。
目だけは。
自分の目だけは、誰よりも良く見えるのだ。
冷静に、視野さえ広げておけばいい。
『腕』に対して放った水流は、当然、弱点属性でもないので全く効かない。
が、真正面から突っ込むレヴィの行く手は、きちんと狙い通りにぬかるみになる。
『レェヴィィイイイイイ!!』
「何よデストロ。水引っかけられた程度でうるさいわね!」
咆哮を上げながら両腕を掲げた『腕』に、姿勢を低くしてさらに速度を上げた。
「っ!」
そして地面に手が触れた瞬間、泥を引き抜くように振り上げて、その勢いのまま真横に方向転換する。
ズルッ! と現れたのは、駆け抜ける姿を意識したレヴィ自身の土人形。
一応トゥスがいなくても動くようにはなったが、ジクが即興で作り出すゴーレムくらい単調な命令しか出せない。
しかしそれでも『腕』の目は眩ませたようで、相手はそのまま地面に両腕を叩きつけた。
土人形が吹き飛び、巻き起こる衝撃波と轟音。
周囲に向かって凄まじい勢いで広がるそれに対して、レヴィは膝をついて弓を構えた。
即座に、二連の速射。
牽制程度で威力はほどほどだが、命中率に関しては当然、自信がある。
矢で狙った先は、『腕』ではなく衝撃波の到達点である左右二ヶ所。
ノリッジとスナップのいる位置だ。
矢の破壊力で衝撃波がそれぞれに割れ、立ち止まって防御態勢を取った二人への影響が薄れる。
彼らは、耐え切った。
ーーーよし!
それを見定めたレヴィは、自分の目前に迫りくる衝撃波の威力を少しでも殺そうと、左目を閉じながら後ろに跳んだ。
『聖』の形態は取れない……まだ、やることがあるのだ。
「グゥゥ……!!」
両腕を十字に重ねて体を襲う衝撃を耐え切ったレヴィは、なんとか足から着地した。
最後だ。
砂が入って痛みかすれる右目を閉じて、逆に守っていた左目を開く。
そして弓に聖水を振りかけながら、レヴィは吼えた。
「突っ込みなさいクソ野郎ども! 行くわよ!」
狙いは、コアがあるはずの頭。
デストロの顔を模した、白仮面のど真ん中。
ーーー集中!
奥歯を噛み締めて弓を構え、先ほどよりも威力を込めた風の矢を解き放つ。
キュン! と鋭く宙を裂いた螺旋を描く鏃は、寸分違わず狙った場所に突き刺さり、弾けた。
貫通はしない……だが、衝撃波を放った隙とは別の、属性変化の予兆を見せて『腕』は動きを止める。
聖水が混じった風の矢によって、『地』と『闇』はない。
後は『火』と『水』。
レヴィはーーー賭けに勝った。
「……『水』になった! ノリッジ! スナップ!」
「「おおおおおおお!!」」
二人は臆さず、レヴィの指示通りに突っ込んでいた。
手にした刃にそれぞれに地気の気配を纏わせて、一直線に『腕』に左右から向かっていく。
そして。
「土のォオオオオーーー」
「ーーー双刃ッ!!」
全く同じタイミングで、二人が叩き込んだそれぞれの一撃が、『腕』の体内で倍加されて膨れ上がるのを、レヴィは感じ取った。
『グゥルァaaaaahhhhhhhhhhhーーーーッ!!』
弱点の一撃を叩き込まれた『腕』が吼え猛り、ビシビシビシ、と全身にヒビ割れが走る。
だが、少し足りない。
ヒビ割れと傷口から瘴気を漏らしつつつも、まだ『腕』は動いていた。
「ッ……〝双拳、乱打〟!」
ーーーここだ。
残り一息で、確実に仕留められるタイミング。
「《弱点看破》ォ!!」
今度こそ、見えた。
弱った相手の弱点である〝核〟の姿が、仮面の向こう、頭の中にはっきりと。
地の凶拳士形態を取ったレヴィは、全力で地面を蹴る。
『ノォリッジィイイイイイ!!』
『スナップゥウウウウウッ!!』
全身を覆うデストロの顔からそれぞれに怨嗟の声を上げて、『腕』が二人を腕を振り回して薙ぎ払う。
「尊敬してたぜ、兄貴ィ……!! 昔はなァア!!」
「ッやれェエ! ド貧乳ゥッ!」
吹き飛ばされながらも、こちらに必死で目を向ける二人に。
「もう、昔のことは許してあげるわ! あんたたち、最高よ!!」
レヴィは笑みを浮かべ、直線距離を今まで以上の速度で駆け抜けた後。
『腕』の体を蹴り上がって、〝核〟を収めた魔族の頭上に跳び上がる。
そしてこちらを見上げた敵の、先ほど風の矢を叩き込んだ場所を見据えながら、拳を握り込んだ。
「オォオオオオッ!! ーーー〝極強音〟!!」
ナックルガードに、超振動を纏わせる必殺の一撃は。
『腕』の仮面を破砕し、その頭を撃ち抜いた。




