おっさんは、迷宮を破壊することを決めたようです。
「猶予がないのなら、遠慮もいらんな」
メガネのブリッジを押し上げたクトーは、蠱毒の瘴気が消えた辺りに目を向けた。
「天井を突き破って、真っすぐにカンキの元へ向かう」
「どうやって?」
「魔法でだ」
「じゃなくて、どうやってその穴に入るのよ? 天井が高すぎるわよ」
むーちゃんじゃ二人は運べないわよ? というレヴィの問いかけに、クトーは思わず眉根を寄せた。
「……巨大化すればいいだろう」
「え、いいの?」
キョトンとした顔を見るに、どうやら『力を貯めておけ』というクトーの言葉を律儀に守っていたつもりだったらしい。
「どう考えても緊急事態だと思うが。通信を聞いていなかったのか」
「……それもそうね」
「言うことを聞くようになれ、とは言ったが、自分の頭で考えるのをやめろと言った覚えはないぞ」
それは危機的な状況で無謀なことをするな、という意味であって、無条件で従えという意味ではないのだ。
「まぁ、とりあえず分かったわよ」
この猫モンク状態だと、彼女は普段以上に高揚するようだ。
使う場面は考えるべきだな、と新たなレヴィ情報を頭の中に書き加えている間に、レヴィはむーちゃんと呼吸を合わせた。
「〝竜化〟!」
「ぷにぃ!」
むーちゃんの全身を聖気が包み込み、その体がむくむくと輝きながら成長して行く……が。
そこで、渦巻く気配の中に風ではなく水のそれが混じった。
「む?」
レヴィの体も同様の気配に包まれ、輝きが収まった後にいたのは以前とは違う成竜姿のむーちゃんだった。
細く長い首と、翼を二対備えている点は変わらない。
しかし両腕がなく、代わりに水色の鱗を持つ体と真っ白な鬣、そして胸びれを備えていた。
「ワイバーン……いや、水竜か?」
「ぷにぃ!」
まぁ、相変わらずつぶらな瞳を備えた顔立ちも全体のシルエットも可愛らしさ満点なので何の問題もない。
というか、これはこれでアリだ。
そしてむーちゃんだけでなく、レヴィの姿も変わっていた。
「……お前は次々と妙な力を開花させて行くな」
「私も別に狙ってるわけじゃないんだけど」
不思議そうに自分の体を眺め回すレヴィは、水色の突撃槍を手にしていた。
白を基調とした、モンク姿以上に体にピッタリと張り付く水中行動用の効果付き装備【水の布】に似た肌着に、胸元と肩を覆う水色の軽装鎧。
頭のトゥス耳カブトは少し流線型の鋭い形に変化して、同様の色に染まっていた。
「竜騎士か。むーちゃんと合わせて見ると、おそらく水中行動が可能な効果を備えているな」
まるであつらえたようなタイミングの変化だ。
聖属性も持っている彼女とむーちゃんであれば、瘴気の雨の中でも活動可能だろう。
「……ふむ」
実際の状況を見てみないとなんとも言えないが、もしかしたら彼女らの力を借りて瘴気の雨を祓うことは可能かもしれない。
そのためにはまず、地上に出ることだ。
むーちゃんの背中にまたがったレヴィの肩に手をかけて立ったクトーは、彼女の耳元で行動を告げた。
「レヴィ。俺が今から天井を撃ち抜いたら、その穴に飛び込め。一直線に突き抜ければいい。おそらく貫いた先は城だから、空まで行け」
「それでどうするの?」
「風の宝珠で連絡を取って、シャザーラとともに人々を家の中から出さず、外にいて無事な者を保護しろ。カンキの始末をつけたら、次の行動を指示する」
「分かったわ」
ふわりとむーちゃんが浮き上がり、天井と迷宮の間で動きを止める。
「では、やるぞ。落ちてくる破片に気を付けろ」
出来ることなら古代遺跡である地下迷宮は保護して、ことが落ち着いたらア・ナヴァやニブル辺りと共同で研究したいところだが、最悪、潰れても仕方がないだろう。
「ーーー〝穿て〟」
クトーは偃月刀に全力で魔力を込めて、水の初等魔法を行使した。
本来なら矢じり程度の威力で相手を貫く攻撃魔法だが、全力のそれは鋭い先端を持つ直径3メートル程度の水流となって天井に突き刺さる。
おそらくは、遺跡の中でまだ生きているのだろう防御結界が反応するが、水流はほとんど拮抗することもなくそれを貫いて天井に穴を開けた。
撒き散らされた水が降り注ぐが、破片は渦に巻き込まれて細かく砕け、さほど影響はないようだ。
「……あなたの本気の魔法って、相変わらず規格外よね」
「街中で使えん一番の理由だからな。行け」
「言われなくても! むーちゃん!」
「ぷにぃいいいい!」
まだ水の滴る大穴に、むーちゃんが顔を真上に向けて突っ込んでいく。
長く暗い土のトンネルをしばらく進むと、微かな光が先のほうに見えてみるみる内に膨れ上がった。
ドン! と音を立てて突き抜けた先は、思った通りに城の中。
水流は床も天井も全て打ち抜いたのか、天に黒い雲の隙間からかすかに顔を覗かせる青い月の姿があった。
「ビンゴだ。最上階で降りる」
一瞬で城のどの辺りかを見てとったクトーは、それが半日ほど前に足を踏み入れた謁見の間に通じていることを理解していた。
「降りるぞ。手筈通りにやれ」
パッとレヴィの肩から手を離したクトーは、ちょうど謁見の間の辺りで宙に浮かぶ。
そのままの勢いで突き抜けて行くレヴィと聖竜を見送り、トン、と穴の脇の床に着地すると、フワリとファーコートの裾が浮き上がり、垂れた。
前に目を向けると、そこには紫色の〝蠱毒の瘴気〟がわだかまっている。
「……カンキ」
クトーが声を掛けると、低く、苦しむように響いていた呻き声が止む。
そして、瘴気に包まれている青年はこちらに顔を向けた。
雑用コミカライズ一巻は、本日発売です!(๑╹ω╹๑ )どうぞよろしくお願いいたします!




