おっさんは、瘴気を祓う対価に敵から情報を聞き出すようです。
「ガ……ァ……た、たす、け……!」
こちらに顔を向けたカンキは、すでに顔の半分がただれて崩れていた。
彼にまとわりつく〝蠱毒の瘴気〟は彼を包み込んで脈打っており、そのたびにカンキは少しずつ瘴気に皮膚から剥ぎ取られているようだった。
「い、……イ、ダ、ィイ……ァ……!」
まるでバッツの恨みを晴らすかのような、凄惨な拷問のごとき状態……だが正直、同情する気にはならない。
呪いが彼に返ったということは、バッツをあの場所に閉じ込めて魔獣化し狂わせた本人だということだからだ。
規模がだいぶ小さくなり、これならば包み込めるだろうというのを見越したクトーは、体内で魔力を練り上げてみた。
問題なく使えたので、手首に偃月刀の刃を薄く滑らせながら口を開く。
「瘴気を浄化してやってもいいが、その前に質問に答えろ。外に振らせている瘴気の雨はなんだ?」
手首から滲む血に、今度は五本のピアシング・ニードルの針先をそれぞれに浸す。
「あ、め……ェ? ヒギィッ!」
「とぼけているのか? 人をゾンビ化するアレのことだ」
「し、しぃら、な……アギャ、たすげでぇ……!」
すると、ドクン、とひときわ大きく脈打った〝蠱毒の瘴気〟がギュ、とカンキの体を締め付けるように凝縮し、苦しんで体を折ったカンキの背から空気が抜けるようにブワァ、と黒い通常の瘴気が吹き出した。
天井に向かってもくもくと立ち上っていくそれは、カンキの生命力を糧に生み出されているようだ。
ーーーなるほどな。
アレが瘴気の雨を降らせる暗雲の正体なのだろう。
呪いがカンキを殺す過程で生み出した副産物、ということだ。
元を断てば、これ以上は広がらない。
それを理解したクトーは血に浸したピアシング・ニードルを一本ずつ投擲しながら、玉座の下で転がっているカンキの周りを歩く。
突き刺しているのはカンキの周り、五芒星の位置である。
「もう一つ質問がある。この部屋は魔抗石で出来ているはずだが、なぜ機能していない?」
「あ、あと、でェ……! は、はや、ぐ、これをぉ……!!」
「答えないのであれば、瘴気を祓わずに放っておくが」
カンキはノロノロとこちらに向けて手を伸ばすが、その腕の表皮はもはや黒炭のように黒ずんでいる。
冷たく彼を見下ろすと、カンキは必死の形相で答えた。
「魔抗石……全部じゃ、なく……遺跡のォ力、転移、のォ……封印の、鎖ど、ドッペル……鍵、に、して、私と、繋がッ、ァアアアアア……ッッ!!」
「お前だけがこの部屋で魔法を行使できたのは、それが理由か」
「わだ、じ、は、神の……力を……! なぜ、こんな……目にィ……!!」
「まがい物の力など、そんなものだ」
つまりカンキは、魔抗石を使って部屋を作っていたのではなく。
地下迷宮の素材と魔抗石使って、部屋の中に『自分以外の魔力生成を阻害する』空間を作り出していたのだ。
そして遺跡の力は『封印の鎖と今いる部屋』『地下のバッツと側に置いたドッペルゲンガー』を鍵にしてカンキが操れるようにしていた。
クトーは最後のピアシング・ニードルを刺し終えたところで、ふとすぐ側に転がっていた古ぼけた本に目を向けた。
部屋に不似合いなそれの表紙には『死霊の喚び声』と掠れた文字で書かれている。
ページが乱暴にまくられて放り出されたような痕跡を見るに、カンキが、地下迷宮でクトーらの動きを見て、呪い返しを防ぐ方法でも探したのかもしれない。
クトーがそれを拾い上げると、カンキが声を上げた。
「は、はな、じ……たっ! ぞ、ぞんなモノよりィ……コレを、どうにガァ……!!」
「すぐに終わる」
パラパラとめくって中の情報を頭に叩き込んだクトーは、軽く目を閉じた。
中に載っていたのは禁呪に類する方法だけであり、古代遺跡については書かれていなかったが、どうやって地下迷宮から力を得ていたのか、大体の方法は察した。
ーーー地下に転がっていた無数の死体は、生贄か。
夜に城に近づいた者が消えるという噂と、そして自分たちのように、カンキに逆らう可能性がある者たちがあそこに落とされていたこと、を考えれば。
バッツに食われていた死体は、そうした者たちの成れの果てなのだ。
定期的に別の誰かの新鮮な魂を提供してバッツに食わせなければ、今度はバッツに自分が食われるような……禁呪の内容は、そんなモノだった。
カンキは、バッツと、そして遺跡と自らの魂を繋いでいたのだ。
その試みが結果的に〝蠱毒の瘴気〟を作り出し、カンキ自身に跳ね返っているのは自業自得としか言いようがなかったが……。
「だが、約束は約束だ」
クトーは偃月刀の先を、カンキに向ける。
「……ァ……」
皮膚はもうすでに崩れ落ち、ゾンビとスケルトンの間のような姿になりつつも、カンキはまるで救われたような顔を見せる。
だが、クトーは魔法を発動させる前に、もう一つだけ言葉を重ねた。
「瘴気は祓ってやろうーーーお前ごとな」
「ーーーーーッッ!!!???」
どうせもう、この状況で救えはしないのだ。
カンキ自身の魂も、禁呪を行使した時点で瘴気に侵されているはずである。
自ら弟を贄に捧げ、幾多の命を使って理性を維持していたに過ぎない。
「まっ……!!!」
「〝創造の女神、ティアム。我が願いに魂を結び、血の贖いにその神威を顕現せよ〟」
ぼう、と腕に垂れた血と、ピアシング・ニードルを頂点とした五芒星が輝く。
「あ、アァアアアアアアアアアア!!! 嫌だ、死にだくなッ……!!!」
ーーーやはり兄弟だな。
死の間際の、往生際の悪さにそんなことを思いながら、クトーは最後の呪を口にした。
「ーーー聖なる力もて、この場の邪悪を打ち祓え!」




