おっさんは、仲間とともに瘴気の雨を止ませるようです。
カッ、と、光の柱が天に向かって吹き上がった。
「ァ、アァアアアアアアアアッ!!」
カンキはこちらに掴みかかろうとしたような姿勢のまま、絶望の声を上げる。
しかしその声もすぐに〝蠱毒の瘴気〟と化した人々の情念や魂のカケラが放つ怨嗟と喜びの声に埋もれた。
カンキは、目と口を大きく開いた表情のまま、ボロボロと光の中で崩れ、砕けて、光に溶けていく。
やがて光が収まると、薄汚れた豪奢な司祭服だけがバサリとその場に落ちた。
「表を着飾る前に、中身を磨くべきだったな」
そう言い捨てたクトーは、腕の傷を癒しながら風の宝珠をレヴィとシャザーラに繋ぐ。
「そちらの状況はどうだ?」
『思ったより、外に出てる人は少ないみたい! それでも、ゾンビになっちゃった人とかなりかけの人は結構いるわね……』
『声をかけて回ったのが功を奏したようだな』
「暗雲は消えたか?」
すると、シャザーラが少し黙ってから答える。
『消えてはいないが、城から新たに雲が湧き出す様子はないな。終わったのか?』
「カンキを始末した」
『そうか。雲はどうする? 自然に消えるのか?』
「いや、これから消す。お前たち自身も雨に打たれないところに避難しろ」
『助かる。聖水が切れかけていたからな』
シャザーラが号令をかけるのを遠くに聞きながら、今度はレヴィに話しかけた。
「レヴィ。暗雲の中心に行けるか?」
『大丈夫だと思うけど。どうするの?』
クトーは部屋を出ると、廊下の窓に近づいて外を見た。
相変わらず黒い雨が降り注いでいるが、渦を巻いているのは城から街の半ばくらいまでのようだ。
雲と街の間で薄く青い光を放っている小さな影が、レヴィとむーちゃんだろう。
「トゥス翁は?」
『今、私の中に入ってるわよ。瘴気が結構キツいみたい』
「好都合だな。俺とむーちゃんをレヴィを介して繋げるか聞いてみてくれ」
すると了承の返事の後、レヴィとクトーの視界が重なった。
洞窟で聖白龍を操った辺りから薄々感じていたが、あの仙人もまた力を増している。
ーーーただの仙人ではないとは思っていたが、おそらくは神の一柱なのだろうな。
どこかで、力を取り戻したのだ。
それが今回の魔族の暗躍と関係があるかどうかは分からないが、トゥスの知恵と力には毎回助けられる。
人間の残りカス、などという言葉はすでに信じていない。
だが彼にそれを問いかけてもはぐらかされるだけなので、あえて聞きもしないが。
そこで、遠くの青い光が動きを止めた。
『着いたわよ』
「では、始めよう。槍を掲げてくれ」
三叉槍に変化した槍には、呪玉の飾りが生まれていた。
おそらくあの形態のレヴィは、竜騎士特有のスキルである竜のブレスの他、むーちゃんの力を借りることで水の魔法を使えるはずだ。
ーーー本来魔力を持たなかったはずなのにな。
そういうところもリュウと似ている。
彼女は間違いなく、自分が憧れた冒険者と同じ道を歩んでいた。
破天荒で、負けず嫌いで、無鉄砲で、規格外の少女。
そういう存在は、いつだってクトーの心を惹きつける。
ーーー在るべくしてそこに在る者を、人は勇者と呼ぶのだ。
竜の魂を持たなくとも、レヴィは間違いなく勇者の素質を持っていた。
クトーはレヴィの掲げる槍を彼女の視界で見つめながら、クトーは床に偃月刀を刺して、まず最初に【五行竜の腕輪】を起動した。
「〝五行輪廻の器に乞う〟」
【死竜の杖】は闇属性であるため、回復や浄化系の魔法と相性が悪く、少し効果が薄い。
偃月刀でもいいが、そもそも前衛の武器である竜の装備は、強度は高いものの一番適性があるのは魔法剣に対してだ。
どの程度の効果が必要なのか分からないので、結界を敷けない以上は最大効果を発揮するものを行使するべきだった。
大きさで発現させた器が完成するまでの間に、〝絆転移〟を使用する時のようにレヴィ、そしてむーちゃんと意識を重ねる。
「行くぞ」
『どうしたら良いの?』
「何も考えなくていい。槍に意識を集中しておけ」
器の完成と同時に、クトーは高位の浄化魔法を行使した。
「〝聖なる波動よ、禍つモノを祓い清めよ〟」
むーちゃんの聖気を吸い上げ、発現した浄化魔法に込めてレヴィの槍に送る。
すると、カッ、と輝いた槍が波のような青い波動を周りに広げて始めた。
寄せては返して広がっていく波動が黒雲に干渉し、少しずつ、雲が色を変えていく。
黒から白に、そして青い月と同じ色に。
それに合わせて、降り注ぐ瘴気の雨にも変化が現れる。
透明なただの雨になった後、光の粒になって街中に降り注ぎ始めた。
ーーー波と、雲の色、そこから注ぐ光の雨と竜の背に立ち槍を掲げる少女。
まるで幻想的な絵画の如き蒼い景色。
静かに手を下ろしたクトーが見つめる前で、街の様子が変化していく。
『ゾンビが……?』
光に包まれた風景に見入っていると、シャザーラが漏らす声が聞こえた。
「何か変化があったか?」
『ああ。ゾンビ化しかけていた人々が元に戻り始めている。完全にゾンビ化した者は浄化されているようだ……すぐにただの死体に戻るだろう」
ーーー浄化の雨を降らせるのは、思ったよりも効果があったようだ。
おそらくはむーちゃんの聖気やレヴィの宝玉が持つ力のおかげだろうが、浄化だけでなくゾンビ化を癒す効果まで生まれるとは思わなかった。
一人納得してうなずいていると、シャザーラが呆れたように呼びかけてくる。
『まるで奇跡だな……貴様は一体、何者だ?』
その問いかけに、いつものように首を傾げてシャラリとメガネの銀チェーンを鳴らしながら、クトーは答えた。
「ーーーただの、冒険者パーティーの雑用係だ」




