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キスから始まる物理系女神様の世界更生伝説  作者: 朝月ゆき
【第三章】
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〜激雨(1)〜ひと時の安らぎと動き始めた者達






 数多の神力の光が輝く夜空の下、【十裏神】の箱庭である城では、四人の神が顔を合わせていた。

 彼らは、ここ【花謳】を統治する【十裏神】。かつてはその名の通り、十人の神がその地位についていたが、今、【十裏神】として在り続けている神は、四人だけだ。


 「───わざわざまた私達を呼び出して、今度は何をお企みになっているの?」


 光神が、その優雅な袖で口許を隠しながら、距離を置いて正面に立つ氷神へと視線を向けた。

 彼女と目線を合わせようとせず、氷神は開口した。


 「数刻前、再臨した始まりの女神が世界に意思表示をしてきた。君達も見たはずだよ。あの女神は、この世界を変えるみたいだ。そして、それに賛同し、女神に従おうとする神が幾百といる」


 「ふふ、僕も彼女に応えましたよ。全力であなたを潰しにかかります、ってね」


 そう言って、頬杖を付きながら愉しそうに笑うのは砂神(さじん)だ。

 

 「…あの方を"潰す"なんて、一体どういう神経をなさって?」


 いつもは妖艶に縁取られた光神の暁の瞳が鋭い光を宿し、冷たく紙神を睨む。

 彼女の全身から放たれる凍てつくものに、砂神は肩を窄めた。


 「そう睨まないで下さいよ。別に悪気は無いのですから」


 「そうだぞ、光神。俺がこいつを擁護するなど癪だが、こいつの言葉は間違っていない。俺たち【十裏神】はこの国を統治し、常に平穏をもたらすことが創造神より授かった使命なのだから、国を変えるという再生神を敵視するのは道理だ」


 ──その【十裏神】である光神、お前が再生神を庇護する方がおかしい。

 暗にそう言う紙神に、光神はさらに目を細めた。


 「私があの方を特別に想うのは私の勝手ですわ。私とあなた達が互いに相入れることができないことは、

十分に理解しています」


 「なら、僕たちも好きに思い、発言することだって勝手でしょう?」


 笑みを浮かべたままの砂神、非難の目を向ける紙神に、光神は感情を殺した顔になり、冷然と告げた。


 「ええ、そうですね。ですが、私が百歩譲って妥協できるのはそこまでですわ。──けれども、もし、あの方に危害を加えようと言うならば、私は【十裏神】の座をおり、どんな手を使ってでもあなた達を亡き者にしましょう」


 しっかり頭に刻んでいて下さいね──

 そう冷酷に告げた光神は妖艶に笑んだ。その笑みと言葉に、紙神は息を呑み、砂神は無表情になった。

 一連の会話をただ聞き流すだけの役に回っていた氷神は、三者の間に今、確かに入った亀裂に構うことなく開口した。


 「話を戻してもいい?君達に集まってもらったのは談笑をしてもらう為じゃないんだけど」


 「どこに笑があるんだ。どこに」


 「これは申し訳ありません、氷神。なにせ、久々に【十裏神】が集合したものですから、楽しくてつい」


 「…ふふ、ごめんなさい。気にせず、本題に戻って下さいな」


 「そう。じゃあ話させてもらうよ」


 とても、仲良く話し合う、という空気ではないのにも関わらず、氷神は“本題”に戻った。


 「続きを話すと、再生神の勢力はこれから拡大して行くのは目に見えている」


 先刻までの重苦しい空気は霧散し、砂神、紙神、光神の三者は表情を引き締めた。

 氷神も冷徹な顔つきで続ける。


 「主人と定めた最高神や高位神が複数彼女の味方についたことによって、彼らの眷属たる従神達までもが始まりの女神につく」


 「…それは確か、だな」


 「神々の二割が女神側、三割が【銀】、残りの二割が僕達十裏神方、そしてあとの三割が眠りについている」


 「【銀】の勢力拡大の話はよく耳にしていましたけど、よく三割も自陣に引き込めたものですね」


 「あいつに付く、ということは俺達に不満を持つ神が多数いるということか。まあ、あいつら(・・・・)が【十裏神】の冠を捨てたことが一番の痛手だったかもな。あいつらの配下の神ももちろん付き従い続けているはずだろうからな」


 あいつら(・・・・)。それは、【十裏神】としての役目に不満を蓄積させ、世界各地に散らばった六人の神のことだ。

 その六人が今、どうしているかなど氷神の知ったことではないが、彼らはいずれも高位以上の神々達だ。強大な戦力の喪失は、氷神にとってもかつてないほどの痛手だった。

 だが、彼らと決別したことに後悔はない。

 彼らはもう“同志”ではなくなったのだから。


 「けれでも、戦力の補充はしないといけないからね」


 その独白に、その場の神達は一斉に氷神に目を向けた。


 「──僕は、新たな【十裏神】を世界神に選定してもらおうと思っている」


 その言葉に、三人は息を呑んだ。










 美耶、闇神、炎神、剣神の四人は【花謳】の中でも神秘の地として特別視される地へと舞い降りていた。

 いまだに神々の神力が弾き輝く夜空の下、四人は歩みを進める。


 「───着いたよ。お姉ちゃん、ここの事ももちろん思い出しているよね?」


 炎神が、他の三人を先導するように歩いていたが、振り向くなりそう言った。

 美耶は気力を失ったような気配を醸し出していたが、それでも顔を上げ、彼に応えた。


 「…うん、思い出した。ここは、かつて私と“皆”が過ごしていた所」


 視線の先にあるのは、所々を蔦が巻き付き、錆びた色の見え隠れする白亜の宮。

 呟きながら、美耶はぼんやりと過去を思い出す。

 この宮には、昔、たくさんの神が暮らしていた。高位の神から下位の神まで。位によって他神を軽視する神は一人もいなかった。皆、優しくてでも癖のある神達だった。

 皆の優しい笑顔が、頭を過る。


 「まさか、またここに戻ってこれるなんてね…」


 かつて神としての役目を放棄し、あろうことか異世界に逃げた自分が、ここに戻って来てよかったのか。

 伏せた目を持ち上げ、再度白亜の宮を見上げたが、やはり痛い。胸が締め付けられた。


 (ただいま……)


 声に出すのは罪だろう。

 けれども、心の中で呟くのは。


 許してくれるのだろうか────





 

 




 宮の中は、もちろんボロボロだった。あらゆる所が朽ち果てている。

 だが、一通り見た感じでは、昔と同様で構造自体は何も変化していなかった。

 この宮は、一本の大木が天井を貫く形で生えている広間を中心として構成されている。広間から続くように二つの渡り廊下があり、その先には広間を挟むように縦長の建物が造られている。ここは、神々が娯楽を楽しむ為の空間だ。釣りや百人一首、茶や絵画、読書などを思う存分味わえる。思い出してみると、神々はまるで人間のようだった。

 そして、またその二つの建物からはそれぞれ四つ、計八つの渡橋が、宮内を巡る小川の上に設けられ、内側の建物を囲むように、八角形を描く回廊へと続いている。


 美耶は、触れると砂煙を立てて破片が落ちてくる壁を見つめながら静かに歩みを進めていた。


 「何の気配もない。虫一匹のものでさえ」


 「当たり前だよ。お姉ちゃんが異世界へ渡った時を境に皆、『再生神様がいなくなってはもう終わりだ』って、ほざいて眠りについたり、どこかに姿を消してしまったからね」


 闇神の独白に反応したのは炎神だ。

 けれども、闇神を嫌っている彼だ。返答はしているが声がひたすら冷たい。


 「眠りについた…」


 炎神の言葉にぼんやりとする頭でも著しく反応したのは美耶の方だった。


 ──神の眠り。


 それは、その名の通り神が眠りに就くことだ。だが、ただの眠りではない。人のそれと違って、神々の『眠り』は、何年、何十年、果てには何百年とかける。


 「ま、あんな弱神たちが眠りにつこうと消えようと知ったことじゃないけどね。それより、着いたよ」


 淡々とした炎神の声に目線を持ち上げると、そこには一つの空間が広がっていた。

 やはり植物の蔦が絡みついたそこは、朽ちた石の壁によって構成されていた。

 入れても人二十人分くらいのその空間の中央には、丸い台座が置かれ、それを囲うように丸い椅子が十個

設置されている。


 床は、誰もが一度は驚くだろう。

 そこには、台座と椅子を囲うかのようにいくつもの円が複雑な文様と共に描かれていた。

 繊細でなおかつ美しい色使いで描かれたそれは、何度見ても心奪われるものだった。


 「この絵…未だに誰によって描かれ、どんな意味を持って描かれたのか分かってないんだよね」


 この絵は、美耶がかつてこの世界から姿を消した日から五百年経った今も決して色褪せることなく、こうして彼女を魅了している。

 思わずその絵に魅入っていると、背後から声がかかった。


 「お姉ちゃん、もう結構な時間食事を取ってないよね?僕、作ってくるからそこに座って待ってて。色々積もる話とか互いにあるだろうけど、まずはお腹を満たして元気出さないとね」


 僕の料理の腕は知ってるでしょ?そう言う炎神に、ああやはり彼は、あちらの世界で弟だった類斗なのだと思い知る。

 天使と比喩していたその無邪気な笑みも、美耶の為に料理をしたがり、お姉ちゃんの笑みを見ることが自分の幸せだと言っていたところも、何もかもが同じだ。


 「うん、ありがとう。楽しみにしてる」


 けれども、彼はもうただの美耶の“かわいい弟”ではないことはとうに悟った。


 (ちゃんと、類斗とも真剣に話さないと)


 意思を固めると、美耶は円卓を囲む椅子に座る。その隣に、闇神が腰を下ろし、美耶の左側隣に剣神が腰掛けた。


 (この人達とも、もっとちゃんと話さないと)


 完全に信じきれないけれども、自分の手を確かに引いてくれたこの神達と、しっかり。


 (だけどその前に、一回外に出たい)


 自分でも感じていた。

 この世界に来てからずっと胸の中に積もりに積もっていたものを。


 これを吐き出さなくては。


 「ごめん、一回席を外すね」


 自分が壊れてしまう前に。




 


 



 


 

 ───息が、詰まりそうだった。

 

 神々の光が弾けていた夜空はすでに落ち着きを取り戻していた。

 星も月も何もない無の闇。その天の下で、美耶は一人樹木に寄りかかって膝を抱えていた。

 虫の鳴き声一つさえ無いその場に、少女のすすり泣く音が落ちた。


 (どうして…)


 美耶は、震えを誤魔化せない両手を握りしめた。


 ───どうして、私だけがこんな目に遭うの。


 それは、この世界に連れて来られた時から吐き出したくても吐き出せなかった言葉だった。

 背を預けている大樹の香りに、感触に、存在に、張り詰めていた心の琴線が切れてしまったのかもしれない。

 この世界に来てまだ数日ほどしか経ってないはずだが、その短い間にたくさんの事が起こりすぎた。

 

 様々な神に出会った。彼らに自分は命神だと告げられた。自分を巡って互いを傷つけ遭う神々の闘いを見た。その中で神々の葛藤を、怒りを、悲しみを見た。復活した妹と対峙した。この世界で始まりの神として存在していた時の記憶を取り戻すという大きな選択をした。


 そして、信じていた人からの裏切りを受けた。


 『私の女神が示した世界を実現するために道を開きましょう』

 ───そう、言ってくれたのに。


 これが、かつて愛する男を求めるばかりにこの世界を見捨てた事への罰なのか。


 そうなのであれば、これは自業自得だ。

 かつてこの世界を捨てた自分に、この世界が優しくするわけがなかったのだ。


 視界が霞む。自身の体を抱き込む腕に力がこもった、その時だった。


 「大地神は厄介な神だ。結果的にあれと離別する形になってよかったと思うがな、俺は」


 美耶の心を見抜いたその声は、前方から聞こえた。


 「…っ、どういうこと?」


 夜の闇から現したその姿は、闇から生まれて来た神とされる神所以の暗さがあった。


 「大地神の腹の中は黒い。あれの方が堕天神に相応しいんじゃないかと思うぐらいにな」


 彼は──闇神は、不敵な笑みを浮かべてそう言いながら、美耶の隣に腰を下ろした。


 「私に、何の用…?」


 彼を完全な味方と信じることができない以上、彼の前で弱さを見せられない美耶は、濡れた目元をこすり、彼とさり気なく距離を取った。

 そんな彼女の様子を気にせず、彼は寄りかかっている大木に片手をあてると、それを見上げた。


 「なあ、ある条件が満たされた時だけに、この千樹の下に咲く花をお前は知っているか?」


 「え?もちろん、知ってるよ。神花(しんか)のことでしょ?千人の神がこの世界に揃った時に咲くと言う」


 「そうだ。なら、この事も知っているか?──堕天神となった神を表す神花は永遠に生えてこないという事を」


 「え…?」


 初耳だった。

 ──はるか昔、まだ全ての神々がこの世界に顕現していた頃、千の神花は見事に咲き誇っていた。だが、ある戦いが起きた事で、あらゆる神々が力を使い果たし、失った神力を回復させるべく眠りについた。さらにそれは、当時、神々の要たる存在であった美耶が異世界へ姿を消した事により、顕著になっていったらしい。

 神花とは、神の力──即ち、神力を表すもの。神自身が長い眠りにつくことで種子に戻り、大地に帰りこそはするものの、決して種子自体が無くなったりはしない。


 だが、闇神は確かに今、堕天神の花は永遠に生えてこないと言った。

 それは───


 「神力を失った、という事なの?」


 「ああ。他の神達も俺のことを堕天神だと言っているが、それは単に禁忌を犯し、死後に生命を食らう悪鬼となる神故に忌避してるだけで、堕天神になった神は神力を失うという事は知り得てない」


 あまりの衝撃に、美耶は先刻までの暗い感情が霧散した事にさえ気付かなかった。

 神力は、神が生まれつき持っているもので、第二の心臓のようなもの。無くなれば、死ぬ。それを失ったということは──


 「そう、すぐに死ぬ」


 喉が詰まった。何も発する事もできなかった。ただ、全身が固まった。

 冷たい風が吹き、その冷気が美耶を容赦なく包み込む。


 身動き一つとることさえままならない美耶を一瞥した闇神は、安心させるかのように少しだけ声音を優しいものに変えた。


 「美耶、よく考えてみろ。俺は今、こうして確かに生きているだろう?それに、力も存分にふるえている」


 その言葉に、次第に理性が戻ってくるのを感じた。


 「…え?…どういう事なの?」


 意味が、分からなくなってきた。

 堕天神は、後に悪鬼となる定めを負わされるが、死にはしないと考えられてきた。だが、本当は神力を失って、すぐに死んでしまう。しかし、堕天神である闇神は今、こうして生きている。


 わけが、わからない。一体、何故彼は生きているのか。


 「意味が分からない、と言いたげだな。その意味も今わかる。───おい、出てこい」


 闇神が目を細めると、彼の横に黒い、それこそ時空に穴が空いたと表してよいものが現れた。

 そこから、一人の少年らしき者が現れた。


 「もー、なんだよ。急に呼び出したりなんかして。今、死者を黄泉に送っていたところだったのに〜」


 その少年は、異様だった。

 跳ねた短い黒髪に、赤い目。ところどころを露出させ、男らしく筋肉があることを認識させるが、フード付きのマントを羽織っており、そして、その手には小柄な彼よりはるかに巨大な、鎌。


 「あなたは……【死神】」


 「あ、再生神じゃん!久しぶりだね」


 無邪気に笑い、だが、心の読めない目をしたこの神を、美耶は知っている。

 この神は、妹である命神が最も古い神とされる水神、風神、大地神の【三神】の後にすぐ生み出した神だから。


 「死者の国である黄泉を統治し、生者の世界であるこちらに干渉してこないはずのあなたが何故、ここに。それも、闇神の声に応えるなんて──」

 

 唖然とする美耶に、闇神が口角を上げた。


 「言っただろう?俺が今もこうして生きている理由が今分かる、と。その答えがこいつだ。こいつが、封印されていた俺を解放し、地上に蘇ったことで堕天神化が進み、神力を失って死にかけた俺に、神力の代わりとなる力を与えた」


 ──神力の代わりとなる力。


 「なに、それ。神力とは別の力って何?原初の神である私だって、知らない、そんなの」


 「ああ、知らないだろうな。実際、俺だって知らなかった。だが事実、俺はその力とやらでこうして生かされている」


 闇神の言葉を受けて再度、鎌に腰を掛けて宙に浮遊する少年──【死神】を見た。

 すると、目が合い、彼は無邪気でしかし油断出来ない笑みを浮かべた。


 「聞きたい?その力の事を。でも、この事を聞いたら君はこの世界に絶望することになる」


 ───それでも、聞きたい?


 少年神の赤い瞳に、不穏な光が過った。

 


更新が大変遅れて申し訳ありません!ずっと待っていてくれた方に最大限の感謝を!!



【後ほど活動報告にて『キスから』のこれからとかその他もろもろなど色々語りたいと思いますので、是非とも覗いてやってください】

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