〜冷雨(12)〜女神の目覚めと男神の覚醒
お待たせしてしまってすみません!
今後の活動について、私の活動報告を見て下されば嬉しいです!
「かつてこの地に舞い降りた」
六百年前。
二人の女神がこの世に現れた。
一人はあらゆる神を生み出す神。
もう一人は───
「そう、私────再生神が」
腰上までの焦げ茶の髪が揺れ、漆黒の双眸が確かな力強さを孕んで自身の周りに集まる神々を見据える。様々な表情を浮かべる神々に思わず笑みをこぼしていると、誰かに腕を取られた。
「闇神──何?」
「美耶、お前……記憶を取り戻したのか?」
背後を振り返ると、闇神がいた。驚きと珍しくも戸惑いをその端正な顔に刻んで。
そんな彼に美耶は笑いながら答える。
「うん。過去に私は異世界へ渡る前に自分の記憶を当時、最も信頼していた炎神と剣神に預けていたの。そして今、彼らから返してもらった」
「なら、俺たちの事も?」
美耶の右腕を掴む闇神の手に力が込められる。
「何もかも」
その言葉に、その場に居合わせていた全ての神が息を呑んだ。たった一人、幻影を除いて。
美耶の視線が闇神から他の者たちへと移った。
「今さらな感じだけど……皆、久しぶり。約五百年ぶり、ってところかな。勝手にこの世界から消えた私にそれぞれ言いたい事があるのは分かってるし、私も一人一人に言いたいことがある。けど、それはまた後で……今は、こっちが問題」
今までと変わらない声を響かせる美耶は、身を翻すと上方を見据えた。そこには、幾つもの陣に囲まれた少女。──否
「まずは、この女神を目覚めさせないとね」
────再生神として覚醒した美耶が見つめる少女。そう、この美耶に似た風貌を持つ彼女こそが美耶の一つ年下の妹。
ほんとうの、命神。
***
「この女神を呼び起こすなんて、お姉ちゃん正気?五百年前、こいつにどんな目に遭わされたか被害者のお姉ちゃんがやる事だとは到底思えないよ」
美耶に神としての記憶が戻り、今までの様子とまるで違う彼女に、変わらない雰囲気で問いかけたのは、地球で暮らしていた際に美耶の“弟”であった炎神だった。そして、彼と同様に変わらず淡々とした双眸を美耶に向ける剣神も腕を組んで、ただ静かに彼女の答えを待っていた。
神としての美耶の記憶を預けられていた二神は美耶の変化に戸惑う事はないらしい。その反応に、安堵する自分がいるのを感じた。
「まあ、普通はそう思うよね。でも、私は逃げないって決めたんだ」
「え?」
目を丸くした炎神と微かに眉を顰めた剣神、そして背後に佇む闇神や他神たちを順に見つめた美耶は最後にその目線を樹峯に向け、目に力を込めた。
「かつての私は妹の暴挙に耐え切れず、惨めにも自分だけ逃げてしまった。そう、もう一つの世界へと。けど、運命はやっぱり私を許さなかったみたいで……私は再びこの世界に戻された。そして、森神や闇神達と再会し、彼らが戦い合うのを見て神としての記憶がないなかで、こう思ったんだ」
俯き、美耶と目を合わせないようにしている樹峯から、僅かたりとも美耶は視線を外さなかった。
「私が“始まりの女神”としての役目を放棄したせいでたくさんの神達が傷付いている。ああ、私は罪深すぎる……ってね」
目先にいる森神。
彼が一番自分に傷つけられたと思う。かつて、自分に疑うことのない忠誠と限りのない愛を誓ってくれた彼。あの時は、向けられる狂気さえ孕んだ深すぎる思いと些細なことで躊躇いなく他者を殺めるというその残忍さに恐怖を隠せず、彼から逃げてしまった。
───彼と向き合おうともせず。
そして記憶をなくしたただの“美耶”としてこの世界に戻された時、運命が嘲笑うかのように彼と再会した。記憶がなかった自分に彼は自ら真名を教え、これ以上なく優しく微笑んでくれた。そんな彼に私は動揺するばかりだった。
微笑みの下でどんな想いを抱いていたのか考えもせず────
樹峯は、この屋敷で美耶に激情と共に本音を言ってくれた。
どうして簡単に自分を忘れることができた。
どうして簡単に自分を捨てることができた。
『どうして俺にはあなたを守る力がないんだ……』
脳裏をよぎる悲痛な声、苦痛に満ちた顔。
樹峯をあんなになるまで追い詰めていたのは自分だ。記憶をなくした自分はあまりにも残酷すぎた。きっと、彼以外にも記憶をなくした自分に心を傷付けられた者がいるはずだ。
美耶は瞼を閉じ、唇を強く噛み締めた。
あらゆる神が集っているはずの場に沈黙が訪れる───。
呼吸の音一つ立てることさえ憚れる沈黙を破ったのは、美耶だった。
彼女は開眼し、勢いよく振り返った。そして、高らかにこの場の全員に告げた。
「この世界の神々よ、聞け!私は【始まりの女神】が一人、再生神!!私は、自身の過去の誤ちによって混沌に陥ったこの世に千の花を咲かせる為、五百年の時を越え、再びこの地に舞い降りた。私は今、ここに宣言する。───私は、汚れた地に沈んだ花を一つも枯らさずに、光溢れる地に再び咲かせることを!!」
千の花。
それは、この世にいたとされる神の人数だ。五百年前までは、一神も欠けていなかった。だが、太古の厄災を発端に、美耶がこの世から姿を消し、彼女に続くかのように姿を眩ました神がいる。
彼女は、不慮の死を遂げた神々を復活させ、行方を眩ました神々を捜し出すと、ここに断言したのだ。
(汚れた地か……)
圧倒的な光を放つ彼女をどこか眩げに見つめていた闇神は彼女の言葉に、口角を上げた。
(記憶を取り戻した途端、お前を包む光が強くなったな)
光と闇。それらは決して相容れることのないものたちだ。
彼女が離れて行く。
記憶など取り戻さなければよかったのに。ただの人間の美耶であればよかったのに。
このままでは、闇に堕ちた自分は彼女の光に掻き消されてしまう。それは、あってはならない。
けれども。
(自覚……とは厄介なものだな)
美耶を求める気持ちは止められない。
例え、この世界を殺してでも手に入れると誓った。闇の中で生きる自分が光の中で生きる彼女を求めるなど滑稽で愚かなのかもしれない。────だが、生憎自分は求める物は力尽くでも得る性分だ。
欲しいものを諦めたりするわけがない。
彼女の周りを血で汚しても手に入れよう。
闇神の仄暗さが滲む目が捉えている美耶は、闇神の変化に気付くことなく、小さく笑った。
「さあ、始めよう。この世界の更生を」
細い手が、命神が眠る方へと伸ばされた。刹那、命神を囲っていた魔法陣が消え、大樹の上方から重く瞼を閉ざしている命神が落ちた。
その場の全員が身動き一つせずに、落ちていくその姿を見つめる中、ただ一人動いた者がいた。
「────花咲様っ!!」
先頭で佇んでいた美耶を横切り、迷いなく命神へと駆け寄ったのは、いつの間にか目を覚ました時神だった。
彼の細くも逞しい腕が少女神を受け止めようとしたその瞬間だった。
「───起きているんでしょ?双子の姉である私を誤魔化せると思ったら大間違いだよ────命神」
美耶の呆れたような声が放たれた。
起きている。
その言葉に目を見開いたのは、その場に居合わせた美耶以外の全員だった。
「起きている……?一体、何を」
樹峯の怪訝そうな呟きがその場に落ちる。そんな彼の後ろに控えていた幻影が、樹峯の言葉に口許に弧を描いたことに気付いた者はいなかった。
「ふふ……さすが姉様。誰にも見抜かれていなかったというのに。その通りです、私は姉様、あなたがこの空間に森神と共に足を踏み入れた時から起きていました。だから、すべてを聞いていましたよ」
クスリと笑う気配。
それは、時神の腕に収まろうとしていた命神から発されていた。
驚く神々の見上げる先──宙に浮遊するもう一人の【始まりの女神】の視線が美耶から樹峯へと移る。
「随分と長い間、私を戒めてくれましたね。森神、あなたが一度、神としての死を迎えてから五百年、あなたがいない間もここに張られていた魔法陣は私から神たる力を奪っていた。その力はあなたへと吸収されていたのでしょう?」
神達の間には、禁忌とされる術が存在する。
それは、『力の奪取』。
この世界に存在する誰もが持つ魔力と、神だけが持つとされる神力。それらを他者が奪い取ってはならないと、この世界に【始まりの女神】が舞い降りた時から約束されていた。
神が他の神から力を奪うことは、自身の強化、そして相手の弱化を意味する。
この禁忌の術は、どの神にも通用する。それが例え、この国の創造者である【始まりの女神】だとしても。
「そうでしょう?神位を戻すために。森神───いえ、大地神」
樹峯の口端が微かに持ち上げられた。
***
命神と再生神。
双子の女神がこの世に舞い降りた時から、神聖歴は始まった。
神聖歴一年、始まりの女神によって三神の水神と風神そして、大地神が誕生した。同年、どこからともなく『始まりの五神』である武神、時神、運命神、人王神、獣王神が現れた。
神聖歴二十年、人王神により生み出された人間が数を増やし、百万に至った。同年、獣王神により生み出された獣が数を増やし、千万に至った。
神聖歴三十年、命神により生み出された神々の数が千に至った。同年、神、人、獣が共存する国『花謳』が建国された。
神聖歴四十年、『花謳』から離れた者達によって五つの国が誕生した。
神聖歴五十年、
そこから下は全部真っ黒な墨汁で塗り潰されていた。
「……………」
歴史書を開いていた人物は、紙面を覆う乾いた墨汁の上を小さく下へとなぞる。指を下へと動かしていくと、指先が淡い光に包まれた。だが、突如それは何かしらの力によって弾かれた。
「……分かってる分かってる。僕は邪魔しないよ。ただ、気になるだけ。彼の女神がどうやってあの国を、世界を変えていくのか……彼の女神のほんとうの力は未知数だからね」
誰にともなく呟いた人物は、口許に愉悦を浮かべると、クスリと笑った。
「ねぇ?───世界神」
***
「森神が大地神……?」
驚きの色を浮かべた剣神が横目で樹峯を一瞥した。そんな彼に美耶が開口する。
「森神が大地神として君臨していた時に、剣神はまだ存在していなかったから知らないんでしょ?その様子では他神から森神の正体を伝えられていないようだし……そう、彼が水神、風神に並ぶ大地神だよ」
そう。
彼はかつて、ある者に禁忌の術をかけられ、大地神の強大な力をその者に奪われた。だから、彼は森神という弱神に部類される神に降格した。
その、大地神である樹峯が意味深な笑みを口許にたたえた。
「ええ。かつてはそうでした。ですが、今はただの森の神。大地を揺るがす力もない、衰えの神」
そう自覚しながらなぜ笑う。彼を横目で一瞥した闇神は思った。
その時、少年の声が上がった。
「違うね、森神。お前はもう衰えていない、この数百年の間でお前は完璧に元の力を取り戻している。いや……今はかつて以上の力を手にしているはずだ」
その声の主は、命神に寄り添うようにして佇んでいる時神だった。彼は、美耶に向けていた穏やかで礼儀正しい態度と打って変わって、樹峯にこれ以上なく冷たい様子を見せた。
「醜い欲望のために他神を犠牲にした愚神め。お前が再生神によって復活した時に、大地は震えた。それは地の主であるお前しか成せない所業だ」
その言葉に、その場にいた全員が反応した。みな口を揃えて、ああ、確かに揺れた、と言う。炎神だけが僕はその時まだこの世界に帰ってなかったから知らなかったよー、と呑気に笑う。
「お前がただの木としてあったこの数百年の間でどうやって他神から力を奪ったのかは知らないが、禁忌の術を行使され、神としての力を削がれた十裏神がいるということを音に聞いた。お前の仕業としか考えられないな」
冷淡な口調で紡がれた言葉に著しく反応したのは、この場に音もなく盾神と共にやって来ていた雷神だった。しかし、震える唇を噛み締める彼に今この状況で気づくものはいない。
やがて、皆の視線を集める樹峯が肩を揺らし始めた。
「……何がおかしい」
「いえ、さすがは【始まりの五神】だな、と。察しがよろしいですね」
目にかかる長い前髪を掻き上げる樹峯の顔には、ただ本当に愉快だと、それしかなかった。
「ええ、その通りですよ。私はかつての力を取り戻し、そしてそれ以上の力を身に付けました。ある目的を果たすために────」
艶やかな情炎を孕んだ瞳が、ただ一人を見つめる。それに気付かぬ美耶ではなかった。だが、彼女は切なげに瞼を落とすだけだった。
そんな彼女に樹峯は密かに妖しい笑みを浮かべると、手を地面につけた。
「では、私の女神が示した世界を実現するために道を開きましょう。」
刹那、彼が手をついた所を中心にして地面に巨大な亀裂が入った。
「──なっ!?」
大地が大きく裂け、全員がただちに宙へと逃げた。だが、それを森神────否、大地神は許さなかった。
大地神が指を鳴らす。すると、割れた大地の間から植物の蔦が伸びてき、神々に襲いかかった。それは大地神の味方であるはずの盾神と雷神にまでも牙を剥いた。
「森神様、なぜ俺たちまで……っ!!」
「君たちは用済みだよ」
盾神の悲鳴に、大地神は優しく笑った。その笑みに、向けられた言葉に、盾神は言葉を失った。真名を与えてくれた唯一の主の言葉に打ちのめされた彼に、無慈悲な蔦が襲いかかる。だが、それは飛んで来た雷撃に搔き消された。
「おい、盾神!しっかりしろ!!」
抜け殻のようになってしまった盾神を雷神が支え、襲いくる蔦を雷で焼き払う。
そんな様子を唯一、蔦に襲われることなく見ていた美耶だったが、握った拳は震えていた。
(記憶を取り戻したのに……私には皆を手助けする術がない……っ!!)
自分は再生神。
持つ力は文字通り、口付けによって再生するだけ。戦う能力なんてない。武器だって操れない。
こういう時は、なんの役にも立たない。
「────自分の無力さが分かるでしょ?姉様」
背後に、現れた気配。美耶の心を貫く言葉。
「命神……」
「ほんと、六百年前から変わっていませんわね。あの時もあなたは自分の無力さを嘆くだけだった」
振り返ると、軽蔑の目が美耶を射抜いた。嘲笑がいとも簡単に美耶の心を凍てつかせ、言葉が全身の血を抜き取る。
同じ顔。
まるで鏡越しに自分が訴えているようだった。
「先ほど聞かせてもらった、姉様の輝かしい宣言。大した力もないくせに素晴らしかったですわ。昔から口だけはお上手でしたもんね」
対する、この同じ顔をした妹は、十裏神や他の神に強く求められるほど強大な力を持っている。
彼女はとても少女とは思えない妖艶な笑みを浮かべ、美耶の耳元に唇を寄せた。
「ねえ、姉様。あなたに固執するあの二人、とても素敵な男神ですわ。大地神はもとより知っていましたが、見て下さい、あの力。なんて魅力的なのでしょう。それに闇神!あの方のことも存じ上げていましたけど、あなたへ向ける恋情の仄暗さ……ああ、素晴らしいです」
嫌な汗が背筋を伝った。
そうだ、この双子の妹は────
「だから姉様、あの方たち、私にくれません?」
その笑顔で、全ての者を籠絡する。
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