*閑話*ー闇神ー
*閑話*ー時神ーの続きです。
そして、待ち焦がれた時が訪れた。
***
「ーー来られたのか……」
杖を握る手に力が入る。時神は“ 彼女 ”の帰還を喜ぶかのように今までにない綺麗な青色をした空を眩げに見上げた。その顔に浮かぶのは、隠しきれない歓喜。
しかし、異界から落ちてきた“ 彼女 ”の気配を追っていた彼は突然、眉を寄せた。そして、嫌そうな顔をし、小さな舌打ちを漏らす。
「厄介な所に落ちられたようだね。僕が直々に迎えに行きたいけど……あそこはちょっと、な…」
この世界にいるのならどんなに離れていても分かる“ 彼女 ”の強い気配が消えた先はーー【森神の森】。そこは、森神が眠る森で、強い神力がある者にしか立ち入ることが出来ないという【聖域】だ。“ 彼女 ”を一刻も早く迎えに行きたいが、落ちた場所が【森神の森】ならーー
『ーー俺が代わりに行ってやろうか?』
突如、脳内に聞き慣れた声が落ちてきた。それは、聞き知ったもので、もうすでに何百年以上も直接合っていない男のものーー
時神はわずかに目を見開き、相手に応えるために青の陣を展開させた。
『遠距離で意思疎通を図るのにいちいち陣が必要なんて面倒な奴だな、時神』
億劫そうな声が脳内に届くと同時に、発動させた陣に、数日前に会話した男の姿が映された。
「……闇神、僕の代わりにあそこに行ってもいいってどういう事?」
地味に癪に触る闇神の言葉に反応する余裕はなかった。彼が発した言葉の方が気になる。常に飄々としていて、心の読めないのが闇神だ。一度、“ 彼女 ”の突然の帰還の件には関与しないと言ったはずだ。それなのに、急な意思の変化をして、一体、“ 彼女 ”を介して何を企んでいるのかーー。
訝しげに陣の中の闇神を見ていたのがバレたらしい。彼は含み笑いを浮かべた。
『気が変わった。この数日間で色々あったからな。俺があいつをここまで連れてくる。…ふ、別にお前が懸念するような事は何も企んでないさ。ーーまあ、例の件にはあいつを無理矢理にでも利用するけどな』
「例の事…?どういうこと?」
『…お前の目を覚まさせてやるってことだ』
“ 利用 ”という言葉に目を鋭くさせ、殺気さえ滲ませた時神に、闇神は意味深に笑うだけで、時神に背を向けて歩き出した。
『ーーじゃあな、時神。後で会う時にはあいつをちゃんと連れて来てやるよ』
「ちょ…闇神っ!?」
陣越しに見える、闇神が片手を軽く上げながら背を向けて立ち去る姿に、戸惑いを浮かべたが、すぐに彼は陣の中から消えた。
取り残されたような心地の中、時神は頭を抱えるような仕草をしーー溜息をついた。
「【森神の森】ーー【聖域】に堕天神がどう入るつもり……?」
【聖域】に入る条件である、高い神力の持ち主であることには余裕で該当しているが、もう一つの条件ーー“ 聖者であること ”は堕天神である彼があてはまる訳がない。
「“ 腐れ縁 ”らしい僕でさえ、君の考えている事は全然分かんないな……。まあ、昔からだけど」
そう独白したが、【時の神殿】が聳え立つ森の木々が突如、激しく動き出したことに意識を奪われた。
全ての木々が生い茂った葉を揺らし、そしてーー
「大地が……震えている?」
それは、感覚が鋭い者が辛うじて気付く程度のものだったが、確かに揺れている。
ーーまるで、何かの再来に喜ぶかのように。
「“ 彼女 ”……いや、花咲さまの帰還を喜んでいるの?」
そうも見える。
ーーだが、もう一つの可能性があることも否めない。
ーー知らず、冷や汗が額を伝っていた。
(いや、そんなはずはない。だって、眠りについたはずの神を呼び起こせるのは【再生神】だけだ……)
だから、森神が蘇ったなどーーあり得ない。
***
ーー自然が騒めき立ち、大地が振動するのを感じた。襟足首までの燃えるような髪が吹き始めた風に靡き、曇天の瞳が細められた。
「……目覚めたか」
ーーかの女神は、どうやらこの世界を荒らすのが好きらしい。
闇神は口許に艶やかな弧を描いた。
「森神を蘇らせ、次は誰を“ 再生 ”させるつもりだ?命神……いや」
ーー再生神。
笑みを浮かべていた闇神の目に冷たい光が宿った。
時神は狂っている。
彼は今この世界に落ちて来た者を、“ 彼女 ”にーー花咲という女だと思っている。……否、思わせている。
ある事が原因で、かつて“ 感情 ”というものを無くしてしまった時神。だが、ある時出会った女神にとある感情が芽生えたのを感じたというーー。それは、あらゆる感情の中でも、ひどく厄介でどうにもならないという激しい感情。
ーー恋情。
それを抱いたのは、花咲という女。
再生神と瓜二つの女神。
だが、彼女はーー。
「……時神、お前が求めてる女はこの世界に落ちて来た女じゃない。お前は、姿を重ねているんだ…」
ーー恋情。
それが、どんなに高潔な者でも狂者に変えてしまうことが出来るなど予想だにしなかった。自分は生きてきた何百年もの間、そんな感情は抱いたことがなかったから。
ーーだが、抱いてしまった。
『樹峯はどこっ!?』
『樹峯はどこなのよっ!?どこいったのっ!?教えなさいよ!!私を置いて……っ!!』
『樹峯!!』
いつも自分ではない他の男ばかり呼ぶ、憎らしい女。けれど、その気になれば一握りで彼女を殺せる自分に本気でぶつかってくるーー馬鹿なほど素直で面白い女。そんな彼女を。
「……美耶」
全てを滅ぼしてでも手に入れたいと思うほど、愛してしまった。
次回より、本編に戻ります。




