*閑話*ー時神ー
ーー“ 彼女 ”の再臨は、突然だった。
***
“ 彼女 ”が帰ってくる五日前。
時神は、白亜の色をした【時の神殿】の奥で、一人未来の“ 時 ”を見ていた。
自身の目の前に巨大な青い陣を描き、杖を片手に陣を見据える目は、突如見開かれた。
「ーーっ!これは、描く陣を間違えたのか?」
否、そんなはずはない。
“ 未来 ”を映す陣は青色で、何より自分は時を司る【時神】なのだ。違う未来を映すはずがない。
ーー願望が映った訳がない。
「あの方がーー花咲様が戻ってこられるなんて」
***
『ーー命神が戻ってくる?』
「うん、そうだよ。信じられない事だけど間違いない。僕の“ 未来”を映す陣が、五日後彼女が再臨することを予言した」
『それは急だな。……ふっ、これはまた面白くなりそうだ。奴らがまた騒ぎ出すぞ。他の【始まりの五神】も動き出すな。再び邂逅する日もそう遠くないだろう』
日が沈み、月光も無い闇夜ーー薄闇に包まれた白亜の神殿の中で、時神は神殿の中に流れる小川の水音に心を休めながら、佇んだまま微かに瞼を落とした。そんな彼の前には白銀の輝きを放つ陣が一つ。
そこには、一人の青年が映し出されていた。
「そうだね。彼女を鬱陶しいまでに慕っていたあのウザ神とか全てを破壊してでも彼女に会いに来ようとするだろうからーーほんと、面倒くさくなりそうだね」
『ふっ、実はそう言うお前が最もあいつとの再会を心待ちにしているんだろう?』
図星を突かれ、時神は顔に出ないように必死に無心になる。何があっても、この神だけには揶揄されたくない。ーーだが、そんな感情もこの目の前の神には面白がる材料になってしまうのだ。
陣の中に腕を組んで佇む、長身痩躯の赤髪の青年は形の良い口許に弧を描いた。
『誤魔化しても無駄だ。俺たちは腐れ縁だからな、何もかもお見通しだ』
「……君との縁なんか切りたいね。神聖さの欠片もない神なんかごめんだよ」
『俺には光より闇の方が合うからな』
「それはそうだろうね。ーー【闇神】だから、ね?」
そう言うと、青年はーー闇神は笑みを深めた。
ーー闇神。
【始まりの五神】の一人であり、何百と存在する神たちの中でも限られた人数しかいない【最高神】の冠を得ている青年神。だが、【最高神】と言っても、【堕天神】でもある彼は【聖域】に足を踏み込ませる事が出来ず、また、あらゆる神達の敵と見なされている。
「まあ、それはともかく。……君はどうするの?」
『ーー俺は面白い事は好きだが、面倒な事は嫌いだ。この件は、傍観に留めておく』
「君らしい判断だけど、いいの?何よりも待ち望んでいた花咲様のお帰りだよ。他の奴らに奪われる前に、僕たちでお迎えに行かないと」
すぐに興味を失った顔になった闇神は、背を預けていた樹木から離れようとしたが、彼の心情を探るかのように目を細めた時神に、含みのある笑みを向けただけだった。
そして、彼は闇夜に姿を消したーー。
***
背後に、何者かが現れた気配がした。 振り返らずとも、それが誰かは悟りきっている。時神は、遠くの者と言葉を交わすための媒介として出現させていた白銀の陣を一瞬で消しーー開口した。
「どうしたの?もう真夜中だよ」
「いえ……。ただ、随分と夜分遅くまで起きられていたので、お茶でも準備しようかと」
「ありがとう。でも、君こそ僕がお仕事たくさん押し付けたせいで疲弊してるでしょ?今だけでも十分に休んでほしいよーー霧詠」
時神の背後に現れた忠実な従者ーー否、従神である霧神ーー霧詠は、主の言葉に目元を和らげた。
「いいえ、お仕事と言っても世界を視察して回るだけですから疲れてなどいませんよ。視察の報告もさせていただきたいので、どうか一息ついて下さい」
「そう言われると、そうするしかないよね……。わかったよ、でも君もしっかり体を休めてね」
「はい」
どうしても、彼を相手に強く出ることができない。自分は基本、他の者達に気遣ったりはしないが、彼は例外だ。彼だけは思慮しなければと、勝手に口が動く。
ーーやはり、あの事が原因となっているのだろう。
「時神様……?」
暗い顔をしていたらしい。怪訝そうにする霧詠の顔が視界に映る。
時神は淡く笑った。
「いや、何でもないよ」
閑話はあともう1話続きます。
本編はその後から再開です。




