〜冷雨(6)〜【陽月の契約】
ずっと迷い悩んでいた。
確実に命神を自分のものーー己の伴侶にする為には彼女に記憶を取り戻させるべきか何も思い出させないようにするべきか。
悩みに悩んだ。
そして今、自分が押し倒しているこの女神が自ら懇願してきた。
記憶を取り戻させてと。
「本気なのですか…?」
「うん。だって、そうしないと何も始まらない気がするから。本当は記憶がどうのこうのとか自分でもよく分かってないことが多いんだけど、もしもその私の失った記憶とやらがあるなら、私は取り戻したい」
「……」
(ああ、そうだったな)
樹峯は彼女の細い手首をソファに押さえつけたまま、懐かしむかのように目を細めた。
そうだ。この女神は昔からこんな人だった。
ただ守られてばかりの女神ではなく、あらゆる事が利となる方へ動くように考え、判断し、決断を下す。
そんな聡明な女神ではないと、この世界はこの女神によって創られなかった。
誰よりも近くで彼女を支えてきた自分には昔の彼女の片鱗が見えた事がとても嬉しくてーーひどく憎らしかった。
「幻影の言う通り、貴女にかつての記憶を取り戻させることは私にとって不都合でしたが、貴女の言葉を聞いていると、どうやら戻さずにはいられないようですね」
そう。
幻影が言っていた。
ーー美耶に記憶が戻ると、樹峯から離れ、闇神や時神たち《始まりの五神》につくだろうと。
おそらくーー否、確実にそうなると樹峯は確信している。
何故ならば、かつて、命神が恋情を抱いていた神が《始まりの五神》の中の一人であるから。
どんなに偉大な神でも人間と一緒。
感情を抑えることは難しいのだ。
感情が世界を変える。
もしかしたら、美耶はかの神を想う故に異世界へ渡ったのかもしれない。
美耶が恋慕っていたかの神は、異世界に姿を晦ましたのだから。
恋情に狂わされた美耶は、自分の役目を放棄し、この世界を捨て、異世界に行ったかの神を追いかけた。
そして、異世界とこの世界がお互い干渉しないように、異世界へと渡った美耶の記憶は消された。
こう考えるのが妥当なのかもしれない。
だが、彼女の真意が何にしても、全てが分かる。
何故、異世界に行ったのか。
何故、女神の役目を放棄したのか。
何故、樹峯を捨てたのか。
記憶さえ、戻れば。
(ようやく、分かるのか。全て……)
知りたかった。
彼女の想いを。
だが、記憶を戻させることで彼女の想いを知れるということに対し、《始まりの五神》側に心を寄せてしまわれるという結果を導いてしまう。
それをずっと懸念していた。
やっとこの手に得ることができた愛する女神。その女神が再度自分を捨て、《始まりの五神》ーー彼を追いかけるなど、許しはしない。
そして、自分は美耶に【陽月の契約】を密かに結ばせた。
おそらく、彼女はその事に気づいていない。
【陽月の契約】ーーそれは、永遠に離れないように互いを縛る契約。
この契約には二つの意味がある。
一つは、従属。
そして、もう一つは。
結婚。
互いを追いかけあうようにこの世界を巡る太陽と月。だから、それらは決して離れないと思われ、この契約の名前の由来となったのだ。
その契約は神のもので、神が相手を自分の伴侶と定めた時に、相手に自分の印を付ける。
それにより、相手が自分のものだと証明することができるのだ。
樹峯は美耶の首元に触れた。
そこには、彼の印がある。
そして。
樹峯の端正な顔が憎々しげに歪んだ。
(くそ……)
手首には真紅の月の印。
それは。
ーー闇神の印。
少しずつ色々と明かされます。
糖分、持ち越し。
10月24日まで活動中止します。詳しくは活動報告まで!
次回更新は10月29日です!




