第五話「散歩の途中で」
【一】
街外れの森林地帯は、アッシュタウンの石畳とは別の世界だった。
木々の間から光が差し込んで、土の匂いがした。鳥の声が聞こえた。クロウドは素材屋の主人から頼まれた薬草の束を背負いながら、帰り道を歩いていた。
依頼自体は単純だった。森の入り口付近に生えている薬草を、主人が指定した場所から採ってくる。それだけだった。
問題は、帰り道だった。
いつもそうだ、とクロウドは思った。
最初に気配を感じたのは、木立の向こうからだった。
足音が複数。ばらばらではなく、間隔が揃っていた。示し合わせている。クロウドは歩きながら、さりげなく周囲を見た。
左の茂みに一人。右の木の陰に一人。後ろから二人。
四人だった。
(囲まれた)
クロウドは立ち止まった。
男たちが姿を現した。全員、体格がいい。日雇い崩れか、冒険者崩れか。目つきが悪かった。
「荷物と金を置いていけ」
先頭の男が言った。
クロウドは男たちの顔を順番に見た。重心、足の幅、利き手——一人ずつ、素早く読んだ。
(前回とは違う。四人いる。でも——)
木剣が、腰にあった。
クレインに持たされていた。「刃物じゃないが、ないよりましだ」と言われていた。
クロウドは薬草の束を地面に置いた。
「荷物は置きます」
男たちの表情が緩んだ。
「でも金は置きません」
緩んだ表情が、固まった。
【二】
最初に動いたのは、右の男だった。
肩が上がった。右足に重心が乗った——右からくる。
クロウドはすでに動いていた。右に一歩踏み込みながら、男の腕をかわした。勢いが空を切った。クロウドは木剣を抜きながら、男の脇腹に柄をめり込ませた。男がよろけた。
「なっ——」
後ろの男が来た。クロウドは振り返らずに左に動いた。背中をかすった。前回なら直撃していた。今は違った。
体が、知っていた。
クレインに何度も叩き込まれた動きが、考える前に出てきた。
左の男が木剣を持った腕を掴もうとした。クロウドは腕を引きながら、男の手首を木剣の柄で叩いた。力は弱かった。致命打にはほど遠かった。でも、痛みで手が緩んだ。
「このガキ……っ」
男たちの顔に、初めて戸惑いが見えた。
烙印持ちのガキだと思っていた。簡単に終わると思っていた。なのに、当たらない。動きが読めない。
クロウドは笑っていた。
前世の記憶がどこかでよぎった。追い詰められたら、笑え——誰かに言われた気がした言葉が、体の奥から出てきた。
攻撃は弱かった。
パワーがなかった。数週間の鍛錬で、十三歳の体が大人に勝てるほど力はつかない。一撃一撃は軽かった。男たちの心を折るには足りなかった。
でも、クロウドは当て続けた。
相手の嫌がる場所を狙った。関節。脇腹。膝の裏。強く打てなくても、同じ場所を何度も叩けば、じわじわと削れる。
手のひらから血が滲んでいた。木剣を握り続けた摩擦だった。それでも離さなかった。
一人目が膝をついた。
二人目が後退した。
三人目が躊躇した。
残り一人——最初に声をかけてきた先頭の男だけが、まだ立っていた。
男の目が変わった。
戸惑いから、怒りへ。子供にここまでやられた屈辱が、顔に出ていた。
男がゆっくりと腰に手をやった。
引き抜いたのは、ククリナイフだった。
重い湾曲した刃。手入れはされていなかった。刃こぼれもあった。でも、それでも、刃物だった。
空気が変わった。
【三】
クロウドは木剣を構えながら、男の目を見た。
(分が悪い)
正直に思った。体力は限界に近かった。手は痛かった。相手はまだ動ける。そしてククリナイフと木剣では、リーチも重さも違いすぎた。
男がじりじりと近づいてきた。
クロウドは下がった。下がりながら、男の動きを読んだ。ナイフを持つ手の角度。足の踏み込み方。どこから来る——
男が踏み込んだ。
横薙ぎだった。クロウドは後ろに跳んで避けた。刃が空を切った。でも次が来た。今度は上から。
木剣で受けた。
弾かれた。
木剣が手から飛んだ。地面に転がった。
クロウドは無手になった。
男がニヤリとした。
「終わりだ、ガキ」
ナイフが上がった——
その瞬間。
ひゅっ、と風を切る音がした。
石つぶてが、男の手首に当たった。
「っ!」
男の手が揺れた。ナイフの軌道がずれた。
次の瞬間、足音が来た。
クレインだった。
走りながら、転がっていたクロウドの木剣を拾い上げた。一動作だった。止まることなく、そのまま男との間合いに入った。
木剣がナイフの腹を打った。
乾いた音がした。ナイフが男の手から弾かれた。
男が腕を引いた瞬間、クレインの木剣が同じ腕を叩いた。木剣が折れる勢いの一撃だった。男の腕が垂れ下がった。
そして——柄の先が、鳩尾に入った。
男が折れた。声もなく、膝から崩れた。
静寂が戻った。
【四】
クレインは折れかけた木剣を地面に置いた。
転がった男たちを一瞥した。動けるものはいなかった。
それから、クロウドを見た。
手から血が滲んでいた。息が上がっていた。服が汚れていた。
でも、立っていた。
「……散歩の途中だ」
クレインは言った。
クロウドは少し間を置いてから、笑った。
「そうですか。ちょうどよかったです」
「ちょうどよかったな」
「じゃない、それより」
クレインはクロウドの手を掴んで、滲んだ血を見た。それから、折れかけた木剣を見た。それから、転がった男たちを見た。
「……四人か」
「はい」
「一人で、ここまでやったのか」
「クレインが来るまでは」
クレインは何も言わなかった。
しばらく、黙っていた。
近衛兵団で何人もの若い兵士を見てきた。素質がある者も、ない者も。努力する者も、しない者も。でも、数週間でここまで来た者は——
「……手を出せ」
クロウドが手を出した。
クレインは懐から布を取り出して、血の滲んだ手のひらに巻いた。丁寧に、無言で巻いた。
「痛いか」
「大丈夫です」
「強がるな」
「……少し痛いです」
クレインは短く鼻を鳴らした。
「帰るぞ」
「はい」
二人で歩き始めた。夕暮れの光が、森の入り口を橙色に染めていた。
しばらく歩いて、クレインが口を開いた。
「木剣を離さなかったな」
「はい」
「なぜだ」
クロウドは少し考えた。
「離したら負けだと思って」
クレインは答えなかった。
でも、その横顔が——ほんの少しだけ、緩んでいた気がした。




