第二十八話「異世界でも、営業する」
【一】
翌日の朝、猫草亭にギルドの使いが来た。
「ギルドマスターがお呼びです」
クロウドは頷いた。
ルナがついてきた。「あたしも行く」と言って、断る間もなかった。
ギルドへ向かう道中、クロウドはルナに魔核の袋を見せた。
「これ、どこかで換金できますか」
ルナは袋の中を覗いた。
「魔核じゃない。受付で査定してくれるわよ」
「そうなんですか」
「持ち込めばいいだけよ。簡単なことでしょ」
ギルドに入ると、真っ直ぐ受付に向かった。魔核の査定を出した。しばらく待っていると、受付がギルドマスターを呼んでくれた。
がっしりした体格の犬系獣人で、白い毛並みだった。
「昨日の話は聞いた。座れ」
クロウドは座った。
ギルドマスターはテーブルの上に、いくつかのものを置いた。
大きな角が一本。それから、青白く光る石が一つ。
「ミノタウルスの角と、広間で回収した魔核だ。お前のものだ」
クロウドは角を見た。
「僕、回収してませんよ」
ギルドマスターが言った。「昨日いたA級冒険者たちが律儀にも回収してくれたんだ。もちろん調査の報告のためでもあるが——これを倒したところは見ていないが、状況を判断するにお前さんが出てきた道の先でミノタウルスが倒れていた。となると、この素材はお前さんのものだということだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「それと——」ギルドマスターは紙を出した。「お前が持ち込んだ魔核の査定結果だ」
【二】
査定結果が戻ってきた。
クロウドは紙を見た。
ルナも隣で覗き込んだ。
魔核三十個——下層で倒したモンスターの魔核はBからA等級と判定。合計金貨三百枚。
ミノタウルスの角——希少アイテム扱い。
ミノタウルスの魔核——S級扱い。
合計売却額——金貨一千枚。
二人とも、しばらく黙っていた。
「……」
「……」
ルナが先に口を開いた。
「金貨、一千枚?」
「そう書いてあります」
「……正気?」
「俺に聞かれても」
ルナはもう一度紙を見た。また黙った。
クロウドも紙を見た。また黙った。
クロウドは横目でギルドマスターの方を見た。
ギルドマスターは少し困り顔になった。
「今すぐ渡したいのだが、少し時間をくれないか。一度に大金を用意するのは正直言って——」
「困りますね、いきなりそんな大金」
ギルドマスターが眉を上げた。
「困る?」
「持ち歩くわけにもいかないですし。銀行に預けるにも、基本的に貴族向けですよね」
「そうだが——なら、どうする」
クロウドはにこりとした。
「ここで預かってもらえませんか」
「ギルドで、か」
「はい。預かってもらう代わりに、少し利子をいただけないでしょうか」
ギルドマスターの顔が変わった。
「……利子?預かるこちらが、なぜ払わなければならない」
【三】
クロウドは続けた。
「今、金貨一千枚を全部払ってください、と言われたら困りませんか」
ギルドマスターは黙っていた。
「一度に大金が出ていくのは、ギルドの運営にも影響する。でも、預かっている間は手元にお金がある。その間、そのお金を使えますよね」
「……使えるが」
「だから、預かっている間の使用料として、少し払ってもらうんです。俺はお金をすぐに全部使う予定もないし、安全な場所に置いておけるなら、少し待てます。お互いに得ですよね」
ギルドマスターはしばらく黙っていた。
「……なんだその仕組みは」
「利鞘ビジネスと言います」クロウドは言った。「大金を持っているギルドにはぴったりです。庶民や冒険者からも信用がある。言うなれば——信用銀行ってとこですね」
「銀行ではすでにある仕組みです。ただ貴族向けなので、一般の人には届いていない」
「詳しく教えてくれ」
クロウドは話した。
「お金を預かって、利子を払う。それだけ聞くとギルドが損をするように聞こえますよね」
「そうだ」
「でも、預かったお金をそのままにしておく必要はない。むしろ、そのお金を別の人に貸し付ければいい」
「貸し付け?」
「ギルドに所属している冒険者や、街の庶民が困った時——例えば装備を買いたいけどお金が足りない。そういう時に、ギルドがお金を貸す。貸したお金には利息をつけて、元金と一緒に返してもらう」
ギルドマスターは腕を組んだ。
「つまり——預ける人からは低い利子を払い、借りる人からは利息と元金をもらう。その差がギルドの利益になる、ということか」
「そうです」クロウドはにこりとした。「お金がない冒険者は装備が整えられる。ギルドは利益が生まれる。俺は安全にお金を置いておける。三方よしです」
ギルドマスターはしばらく黙っていた。
「……今まで、誰もそんな仕組みを提案してこなかった」
クロウドは少し考えながら言った。「貴族街には銀行というものがありますよね」
「ある」
「ただ仕組みが少し違うんです。預ける側からも預かり賃を取る。そして庶民には使えない。貴族専用の仕組みです」
「そうだな」
「ならシンプルな話です。庶民にも使える銀行を作ればいい。ギルドでやれば、冒険者も街の人も使える。街の生活が少し楽になります」
「なぜそこまで考える」
クロウドは少し間を置いた。
「街の人が豊かになれば、ギルドへの依頼も増えます。結果的にギルドも得をする」
ギルドマスターは立ち上がった。
しばらく、窓の外を見ていた。
「……考えさせてくれ」
「もちろんです」
「ただ——」ギルドマスターはクロウドを見た。「お前の金は、しばらくここで預かる。利子の話は後で決める」
「わかりました」クロウドは頷いた。「よろしくお願いします」
【四】
ギルドを出ると、ルナが隣に並んだ。
「……何者なの、あんた」
「ただお金を預けたかっただけです。みんなが預けられる場所を作れればいいなと」
ルナは少し間を置いた。
「……あんた、本当に何者なの」
「さあ」クロウドは少し笑った。「でも今日は、ちゃんと営業できた気がします」
ルナはしばらくクロウドを見た。
それから、小さく言った。
「……まあ、いいけど」
二人で歩いた。
街の朝の空気が、清々しかった。
(この世界でも、営業できるんだな)
クロウドはそう思った。
剣を使わなくても。魔法がなくても。烙印があっても。
頭と口を使えば——世界は動く。
それは、中村正義がずっとやってきたことと、何も変わらなかった。
少しずつ前世の記憶と現世のクロウドの意識が、しっかり繋がった瞬間だった。




