第二十七話「ただいま」
【一】
ダンジョンの出口が見えた。
光が、差し込んでいた。
太陽の光だった。
クロウドは足を止めた。
数ヶ月ぶりだった。光苔の薄青い光しかなかった地下で、太陽の光を見ることはなかった。
眩しかった。
目が、じわりとした。
(帰ってきた)
一歩、踏み出した。
外の空気が、顔に当たった。
冷たかった。でも、地下の冷たさとは違った。風の匂いがした。草の匂いがした。
空が、広かった。
青かった。
クロウドはしばらく、その青さを見上げた。
後ろからルナが出てきた。
「何してるの、早く行くわよ」
「……はい」
歩き始めた。
【二】
猫草亭の扉を開けると、ソラが奥から出てきた。
手に布を持っていた。何か作業をしていたのだろう。
クロウドを見た。
動きが止まった。
しばらく、黙っていた。
それから——
「……帰ってきたんだね」
小さく、そう言った。
「ただいまです」
ソラの目が、細くなった。
笑っていた。でも、目の端が少し光っていた。
「座りな。すぐ何か作るよ」
「ありがとうございます」
クロウドは椅子に座った。
体が、沈んだ。
どっと疲れが出てきた。地下にいる間は、疲れを感じる余裕がなかった。でも、安心した場所に座った瞬間——全部が出てきた。
ルナが向かいに座った。
クレインは壁に背中をつけて、腕を組んで立っていた。
ソラが台所に消えた。
しばらく、静かだった。
「……おばあちゃん、毎日心配してたわよ」
ルナが言った。顔を背けながらだったが、確かにそう言った。
「ルナも心配してたんじゃないですか」
「してない」
「そうですか」
「してないったら」
クロウドは少し笑った。
【三】
ソラが料理を持ってきた。
温かいスープだった。柔らかいパンが一緒にあった。
クロウドは食べた。
地下で食べていたものとは、全然違った。
美味かった。
本当に、美味かった。
途中から、涙が出てきた。
自分でも気づかなかった。気づいたら、頬に伝っていた。
(なんで泣いてるんだ俺は)
自分でも、よくわからなかった。
ソラは何も言わなかった。ルナも何も言わなかった。クレインも何も言わなかった。
ただ、そこにいてくれた。
それだけで——十分だった。
食べ終わって、クロウドは荷物の中身を取り出した。
魔核の石が、三十個。
ガルドの日記。
火龍の巣。
テーブルの上に並べた。
「これは——」ソラが火龍の巣を手に取った。目が丸くなった。「火龍の巣じゃないか」
「火龍がいました。倒しました」
ソラはしばらく黙っていた。
「……火龍を倒したのかい」
「どうにか」
ルナが固まっていた。クレインも、珍しく表情が動いていた。
「それと——」クロウドはガルドの日記を手に取った。「地下で骸を見つけました。ガルドという方の日記です。リーニャという方に宛てた手紙が入っていました。届けてあげたいんですが、心当たりはありますか」
ソラは日記を受け取った。
表紙を見た。
しばらく、黙っていた。
「……ガルド」
ソラの声が、少し変わった。目が、遠くを見ていた。
「知っていますか」
「……ありがとう」ソラは静かに言った。「届けてくれて、ありがとうね」
それ以上は、何も言わなかった。
日記を、そっと胸に抱えた。
【四】
その夜、猫草亭の二階の部屋で、クロウドは眠った。
久しぶりの布団だった。
柔らかかった。
目を閉じた。
光苔の光ではなかった。窓から月明かりが差し込んでいた。
(帰ってきた)
本当に、帰ってきた。
眠りにつく前に、一つだけ思った。
魔核の石——あれが何なのか、まだわからなかった。でも、ソラなら知っているかもしれない。明日、聞いてみよう。
それだけ思って、眠った。
翌朝、ミルガのギルドが動いていた。
A級冒険者の報告が上がっていた。
ミノタウルスを単独で撃破した少年がいる。
名前はクロウド。人間族。烙印持ち。
職員が首を傾けた。
「人間族が、ミノタウルスを倒した?」
「そうらしい」
「にわかに信じられんな。人間族など対して強いわけではない。動きは遅く力も弱い——それが子供となると」
「俺たちも信じられなかった。でも、骸があった。傷の入り方を見れば、確かに剣で倒された跡だ」
ギルドマスターは腕を組んだ。
「……その少年、どこへ行った」
「猫草亭に身を置いているようです」
「そうか」ギルドマスターは立ち上がった。「渡したいものもある。ギルドへ呼んでくれ」
灰の街から来た少年の名前が、ミルガのギルドに刻まれた。
そして後日——ギルドマスターはその少年と直接会うことになるのだった。




