第二十六話「あの小僧が」
【一】
ルナが飛びついてきた。
クロウドは思わず後退した。傷だらけの体に、衝撃が来た。
「痛っ——」
「生きてた!生きてたじゃないの!」
「生きてます、生きてますから、傷が——」
「どうして生きてるの!どうしてここにいるの!あんた死んだと思ってたんだから!」
「……死んでません」
ルナは離れなかった。白銀の耳が、ぴこぴこと動いていた。
クレインが近づいてきた。
クロウドの頭から足まで、じっくりと見た。
「……体は」
「動きます。傷はありますが」
「顔を見せろ」
松明の光に照らされた。クレインはしばらく、黙って見ていた。
「……変わったな」
「そうですか」
「背が伸びた。体つきも違う」
言われてみれば、服がきつかった。落ちた時に着ていた服が、今は少し窮屈だった。
「自分ではわかりませんでした」
クレインは何も言わなかった。でも、その目が——安堵していた。
A級冒険者の三人が近づいてきた。
一人が口を開いた。
「……お前が落ちた子供か」
「そうです」
「生きていたのか」
「どうにか」
三人は顔を見合わせた。それから、クロウドを頭の天辺から足の先まで眺めた。
傷だらけだった。服はボロボロだった。でも、目は澄んでいた。立ち姿に、妙な重みがあった。数ヶ月地下にいた者の目とは思えなかった。
「……どうやって生き延びた」
「モンスターを倒して食べて、地下水を飲んで、なんとか」
三人はまた顔を見合わせた。
【二】
「それで——ミノタウルスはどうした」
A級冒険者の一人が聞いた。
「倒しちゃいました」
しばらく、沈黙があった。
「……今、何と言った」
「倒しました。さっき」
また沈黙があった。
クレインが口を開いた。
「本当か」
「本当です」
ルナがクロウドを見た。
「……あんた、正気?」
「正気ですよ」
「ミノタウルスよ?封印されてたやつよ?あたしたちが逃げたやつよ?」
「そうです」
ルナはしばらく黙っていた。
それから、深く息を吐いた。
「……信じられない」
クレインも黙っていた。
でも——その顔が、少しずつ緩んでいくのをクロウドは見ていた。驚きと、呆れと、それから——どこか誇らしそうな何かが、混ざっていた。
A級冒険者の一人が言った。
「悪いが、確認させてもらう。俺たちには報告の義務がある」
「わかりました。場所はあそこの通路を——」
「案内はいらない。地図は持っている」
男は仲間に目配せした。
「俺たちは確認に行く。お前たちは先に戻れ」
【三】
クレインがクロウドの腕を掴んだ。
「帰るぞ」
「はい」
「歩けるか」
「歩けます」
クレインが荷物に目をやった。松明の光で中身が見えた。色々と詰まっていた。
「……なんだこれは」
「色々集めました」
クレインは何も言わなかった。それから、無言で袋を肩に担いだ。
「帰るぞ」
「はい」
クロウドは少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「黙って歩け」
ルナが横に並んだ。
「あんた、本当に大丈夫なの」
「大丈夫ですよ」
「嘘くさい。顔色悪い」
「そうですか」
「……早くうちに帰りましょ。おばあちゃんが心配してる」
クロウドは頷いた。
猫草亭——ソラの顔が浮かんだ。
(帰れる)
その実感が、また少し大きくなった。
【四】
A級冒険者の三人は、ミノタウルスのいる広間へ向かった。
先頭の男が松明を持って進んだ。
通路を抜けた。
広間の入り口に立った瞬間、重い空気が流れた。
三人は自然と武器に手をやった。目が鋭くなった。
ゆっくりと、中へ進んだ。
松明の光が広がった。
すると——三メートルを超える巨体が、石床に横たわっていた。脇腹に深い傷があった。血が黒ずんでいた。斧が、そばに転がっていた。
封印されていたはずのミノタウルスが——確かに、倒されていた。
三人は黙っていた。
しばらく、誰も動かなかった。
「……本当に倒してやがる」
一人がぼそりと言った。
「あの小僧が、か」
別の一人が言った。
「信じられん」
三人目が言った。
先頭の男が、ゆっくりと傷口を確認した。剣による傷だった。複数箇所。丁寧に、急所を狙っていた。
「……S級でも手こずる相手だ」
男は立ち上がった。
「どういう子供だ、あいつは」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
松明の炎が、静かに揺れていた。




