第二十三話「足掻いた結果」
【一】
数日が経ち、長剣の使いにも慣れてきた。
ガルドの剣は、自分の剣より一回り大きかった。最初は重くて扱いにくかったが、今は手に馴染んでいた。リーチが長い分、間合いの取り方が変わった。体がそれを覚えていった。
明らかに変わっていた。
力が上がっていた。スピードも上がっていた。モンスターを倒す時間が、最初の頃より格段に短くなっていた。
(よし、次の階層へ)
そう決めた日から、階層の攻略はスムーズだった。
一階層、また一階層——慎重に、でも確実に上へ向かった。
持ち物は増えていた。魔核はもう取らなくなっていた。最初の頃は綺麗だからと集めていたが、袋が重すぎて動きに支障が出てきたからだった。ただ、最初に集めたものは捨てられなかった。
ガルドの日記も、ずっと懐にあった。
ある階層で、空気が変わった。
気温が上がった。
それまでの地下の冷たさが消えて、じわりとした熱が漂っていた。壁が黒くなっていた。所々、焦げた跡があった。
何かの唸り声が聞こえた。
低く、腹の底に響く声だった。
クロウドは足を止めた。
(何かいる)
剣の柄を握った。慎重に進んだ。
通路が開けた。
広間だった。
天井が高かった。壁が赤かった。熱気が充満していた。
その中心に——いた。
体長は三メートルほどだった。
(小さい)
思わずそう思った。火龍と聞いて、もっと大きいものを想像していた。
安堵した。
その安堵が、すぐに消えた。
【二】
火龍がクロウドを見た。
目が、赤かった。縦長の瞳孔が、こちらを捉えた。
次の瞬間——動いた。
速かった。
三メートルの体が、信じられない速さで間合いを詰めてきた。筋肉が異常に発達していた。一歩の踏み込みが、ミノタウルスより速かった。
線が見えた——でも、太かった。速すぎて、反応が追いつくかどうかギリギリだった。
横に跳んだ。爪が空を切った。着地した瞬間、また来た。
(速い!)
連続で来た。避けた。また避けた。壁際まで追い詰められた。
剣を振った。当たった——弾かれた。鱗が硬かった。
(鱗が厚い。普通に斬っても通らない)
距離を取った。
火龍が口を開けた。
(口を開けた——何かくる)
次の瞬間、液体が噴き出した。
(火を吹いた——反則でしょそれ)
線では読めなかった。
飛沫が無数に飛んできた——一本の線ではなかった。霧のように広がる液体は、線として捉えられなかった。
腕にかかった。
瞬間、熱かった。
燃えていた。
油に火がついたような液体だった。拭っても消えなかった。払っても燃え続けた。
「くそっ——」
壁に腕を押しつけて、こすりつけるようにして消した。腕の皮膚が赤くなっていた。
(あれは避けきれない。当たれば終わりだ)
火龍が再び踏み込んできた。
【三】
逃げながら、考えた。
ブレスは線で読めない。鱗は硬くて剣が通りにくい。速さは圧倒的。
(どうする)
走りながら、頭を回した。
中村正義の記憶の奥から、何かが浮かんできた。
火——火には、火だ。
燃えるものには、燃えているものをぶつける。
クロウドは立ち止まった。振り返った。
腰に二本の剣があった。自分の剣と、ガルドの長剣。
(二刀流)
やったことはなかった。でも、体が知っていた。左右の手でそれぞれ扱う感覚——前世の記憶の中に、それに近い動きがあった。
火龍が追いかけてきた。
クロウドは両手で剣を抜いた。
右手に自分の剣。左手にガルドの長剣。
火龍のブレスが来た——液体が霧状に広がった。
右の剣を前に出した。剣に液体がかかった。
燃えた。
燃えている剣を、そのまま振った。
火が、弧を描いた。
火龍がわずかに怯んだ。
(通じる)
クロウドは踏み込んだ。
燃えた剣を振りながら、間合いに入った。
火龍が爪を振った。線が見えた——かわした。
左の長剣を横に薙いだ。鱗の隙間に入った。通った。
火龍が唸った。
右の燃えた剣を叩きつけた。また通った。
速さが上がっていた。
自分でもわかった。体がどんどん速くなっていた。限界まで絞り出しているような感覚だった。体の奥から力が湧いてきていたが、それが長続きしないこともわかっていた。
火龍もまだ動いていた。速さは衰えなかった。
打ち合った。また打ち合った。
クロウドの顔に、血管が浮き上がっていた。
どう考えても、オーバーワークだった。
でも——
(力を弱めれば、負ける)
それだけは、わかっていた。
何度目かの踏み込みで、火龍の動きが変わった。
鱗の一部が剥がれていた。そこだけ、色が違った。赤黒い、生々しい傷口だった。
線が見えた——火龍の重心が、その傷口を庇うように動いていた。
(そこだ)
最後の力を振り絞った。
身体強化——全部、今に使った。
踏み込んだ。
右の燃えた剣で、火龍の視線を引いた。
左のガルドの長剣を——傷口に、深く差し込んだ。
火龍が、大きく仰け反った。
断末魔の声が、地下に響いた。
炎が、広がった。
クロウドは後ろに跳んで、距離を取った。
火龍が、崩れ落ちた。
【四】
静寂が戻った。
熱気が、まだ残っていた。
クロウドは立っていた。
立っていたが——足が、震えていた。
腕が、重かった。指が、剣を握ったまま動かなかった。
体中が、悲鳴を上げていた。
顔の血管が浮き上がったまま、引いていなかった。視界が、わずかに揺れていた。
(……倒した)
そう思った。
それだけだった。
剣が、床に落ちた。指が開いていた。力が入らなかった。
足が折れた。膝から崩れた。
そのまま、仰向けに倒れた。
天井が見えた。
光苔の薄青い光が、遠くに見えた。
火龍の傍らに、何かが落ちていた。
光る何かが——ガルドが命をかけて求めた、火龍の巣だろうと思った。
(……届けてやるよ、ガルド)
目が、閉じた。
意識が、遠くなった。
静かだった。
暗闇の中で、クロウドは眠りについた。




