第十六話「三人で、ダンジョンへ」
【一】
翌朝、猫草亭の朝飯はソラが作ってくれた。
獣人族の料理だった。香草がたっぷり入っていて、アッシュタウンでは嗅いだことのない匂いがした。でも、美味かった。
クレインは無言で食べていた。
ルナは二階から降りてきて、クロウドを見るなり顔を背けた。それでも席に着いて、飯を食べた。
ソラがにっこりしながら全員に茶を出した。
食事が終わった頃、クロウドは言った。
「今日、ギルドに行ってみようと思います」
「ダンジョンのこと?」ソラが言った。
「調査依頼が出ているなら、受けてみようかと」
ソラは少し心配そうな顔をした。でも、何も言わなかった。
その時、ルナが箸を置いた。
「……私も行く」
全員が、ルナを見た。
ルナは顔を背けたまま言った。
「あの時は油断しただけよ。次はちゃんと装備していくから」
クレインが口を開いた。
「お嬢ちゃん、大丈夫か。危険な場所に行くんだぞ」
ルナの耳がぴんと立った。
「お嬢ちゃんって言わないで。私はこの街でランクBの冒険者よ」
クレインは少し間を置いた。
「……ランクBか」
「そう。ランクBよ。文句ある?」
「ない」
「それに——」ルナはクロウドを見た。「この街と森、あんた達詳しくないでしょ。私は生まれた時からここにいるの。地形も、モンスターの出没場所も、全部知ってる」
「ギルドでもあんた達だけじゃ苦労すると思うわよ」と意味深に言った。
クロウドはにこりとした。
「それは助かります。一緒に来てもらえますか」
「……別に、あんた達の心配をしてるわけじゃないから」
「わかりました」
ルナはぷいっとそっぽを向いた。白銀の耳が、ぴこっと動いた。
ソラが静かに笑っていた。
【二】
街のギルドは、アッシュタウンのものより整っていた。
建物が大きかった。受付のカウンターが広くて、職員が複数いた。依頼書の掲示板も、アッシュタウンの倍以上の広さがあった。
なにより、空気が違った。アッシュタウンのギルドは酒と汗の匂いがした。でもここは、それがなかった。冒険者たちが依頼書を真剣に見ていた。装備が整っている者が多かった。
クロウドとクレインは受付に向かった。
「依頼を受けたいのですが」
受付の職員は二人を見た。人間族だとわかった。冒険者証を確認した。新規登録だとわかった。
「こちらの依頼はいかがでしょうか」
出てきたのは、簡単な雑用クエストばかりだった。荷物の運搬、草むしり、使い走り——冒険者の仕事とは言えない内容だった。
クロウドは依頼書を眺めた。
(やはり、そうか)
その時、後ろから声がかかった。
「この人たち、私の連れなの」
振り返ると、ルナが腕を組んで立っていた。いつの間にか後ろに来ていた。
受付の職員の顔が変わった。ルナを見て、姿勢を正した。
「ル、ルナさん。この方々がご一緒なのですか」
「そう。ダンジョンの調査依頼、受けたいみたい」
「……かしこまりました。少々お待ちください」
あっさりと、ダンジョン調査の依頼書が出てきた。
「ランクBの冒険者ルナさんの保証つきならお任せします」と受付は添えて伝えてきた。
ルナはクロウドに向かって、自慢げに胸を張った。
「ほらね」
クロウドは苦笑した。
「……助かりました」
「当然でしょ」
【三】
依頼書を受け取った。
**山のダンジョン調査——内部の状況確認と、結界破損箇所の特定。戦闘は必要最低限に留めること。報酬:金貨二枚**
クロウドは依頼書を読んだ。
「金貨二枚……だいぶ破格じゃないですか。なぜですか」
ルナは少し間を置いた。
「正直に言うと、この依頼受けてるのあんた達が初めてじゃないから。五組くらいは受けてるわ。死んではいないけど、負傷者多数。現状把握に至らない報告ばかりってこと」
「だから値段が上がっているわけですか」
「そう。どんどん値段が上がって、高ランクの冒険者に調査してほしいってことよ」ルナはクロウドをまっすぐ見た。「だからあんた達じゃ無理ってこと、わかった?」
クロウドはしばらく依頼書を見ていた。
それから、にこりとした。
「わかりました。気をつけます」
「気をつけますって——」ルナは眉間に皺を寄せた。「……もういい。ついていってあげるから」
クレインが小さく息を吐いた。
ギルドを出た。
三人で並んで歩いた。
ルナが前を歩いた。クロウドとクレインがその後ろを歩いた。
「装備を整えてから出発する」ルナが言った。「猫草亭に武器を置いてあるから、取ってから行くわよ」
「どんな武器ですか」
「アイアンクローよ。両手に装着する鉤爪」ルナは振り返らずに言った。「俊敏性を活かした戦い方をするの。それと——爪には毒を塗る」
「毒、ですか」
「薬草から作る毒よ。薬師の孫だからね」ルナは少し誇らしげに言った。「一度引っかかれれば、動きが鈍る」
「昨日は武器を持っていなかったんですか」
「当たり前でしょ」ルナは少し語気を強めた。「あの時はお参りのついでに薬草を摘みに行っただけよ。戦うつもりなんてなかった。大ムカデに気づいたのが遅れて攻撃を喰らっただけ。あれは不意打ちよ」
「なるほど」
「次は装備していくから同じ失敗はしない」
ルナはまた前を向いた。
しばらく歩いてから、ぼそりと言った。
クレインがクロウドの隣を歩きながら、小声で言った。
「……なかなかの腕前らしいな」
「そうみたいですね」
「猫族は俊敏性が高い。毒の扱いも知っている。悪くない組み合わせだ」
クロウドはにこりとした。
「三人で、なんとかなりそうですね」
クレインは何も言わなかった。でも、否定もしなかった。
【四】
猫草亭に戻ると、ソラが待っていた。
三人の顔を見て、状況を察した。
「受けてきたんだね」
「はい」
ソラはしばらく三人を見た。それから、奥に入った。しばらくして、小瓶をいくつか持って戻ってきた。
「解毒薬と回復薬。持っていきな」
「いいんですか」
「ダンジョンの中は何が出るかわからないからね。備えておくに越したことはないよ」
クロウドは受け取った。
「ありがとうございます」
ソラはクロウドの顔の布を見た。痣のことは、何も言わなかった。ただ、にっこりとした。
「気をつけてね。ルナのこともよろしく頼むよ」
「任せてください」
ルナが「私は自分で大丈夫よ」と言った。
ソラが「わかってるよ」と笑った。
ルナが武器を手に取った。両手にアイアンクローを装着した。装備を整えた姿は、先ほどまでとは別人のようだった。
「行くわよ」
三人で猫草亭を出た。
クロウドは歩きながら、前を歩くルナを見た。アイアンクローを装着して、白銀の尻尾がゆれている。その隣を歩くクレイン。無口で、でも確かにそこにいる。
(仲間がいる)
なんだかワクワクしてきた。
灰の街から、少しずつ、遠くへ来ていた。




