第十三話「登録できないとは書いていない」
【一】
大会が終わってひと月後、クロウドは十五歳になった。
特別なことは何もなかった。いつも通り朝が来て、いつも通り廃屋で目が覚めた。クレインが「今日か」と言った。クロウドは「今日です」と言った。それだけだった。
でも、その日の朝飯は、クレインが少し多めに作っていた。
クロウドは何も言わなかった。ただ、全部食べた。
「冒険者ギルドに行きます」
「ついていく」
クロウドは少し驚いた。
「騎士団が気になるんじゃないですか」
「ギルドと騎士団は別だ」
「そうですか」
クロウドはにこりとした。クレインは「うるさい」と言った。
二人で、アッシュタウンの冒険者ギルドへ向かった。
【二】
冒険者ギルドは、市場の北端にあった。
外から見ると、それなりに大きな建物だった。でも、扉を開けた瞬間——空気が違った。
酒の匂いがした。革と汗の匂いもした。昼前だというのに、奥のテーブルで酒を飲んでいる男たちがいた。壁には武器が立てかけてあった。怒鳴り声が飛んでいた。笑い声が続いた。
華やかさとは程遠かった。
腕っぷしのいい者たちが集まる場所——それがここだった。夢や冒険とは無縁の、泥臭い稼ぎの場だった。
クロウドはそれを見回して、特に驚かなかった。
(まあ、そういうものか)
受付に向かった。
受付には若い女性の職員が座っていた。書類を整理していた。クロウドが近づくと顔を上げた。
「登録をお願いしたいのですが」
「年齢と名前を——」
その時、クロウドの顔の布がずれた。
左頬から顎にかけての、暗い色の痣。
職員の手が止まった。
奥から上の職員が出てきた。四十代の男だった。胸に役職を示す紋章をつけていた。
「烙印持ちの登録は、お断りしています」
クロウドは男を見た。
「規約に書いてありますか」
「書いていませんが、ギルドの方針として」
「方針というのは、どこに記載されていますか」
男は黙った。
「書かれていないなら、方針とは言えないですよね」クロウドは続けた。「それと、先日の剣術大会の記録はギルドにも登録されていますよね」
「……それが何だ」
「三位の記録です。烙印持ちが三位だったことは、公式記録に残っています」クロウドは声のトーンを変えなかった。「その人間の登録を断る理由を、正式な文書で説明してもらえますか。誰に見せても恥ずかしくない理由を」
男はしばらく黙っていた。
奥に引っ込んだ。
しばらくして戻ってきた。
「……登録を受け付けます」
【三】
書類に名前を書いていると、後ろから声が飛んできた。
「おい、烙印持ちじゃないか」
振り返ると、奥のテーブルにいた男たちがこちらを見ていた。三人組だった。体格がよく、装備が重かった。ベテランの冒険者だろうとわかった。
「なんで烙印持ちがここにいる」
「悪魔憑きを冒険者にするのか」
「縁起でもない。出ていけ」
クロウドは男たちを見た。
三人とも、似たような目をしていた。嫌悪感。でも、それだけだった。ただ、下に見ていた。自分たちより下の存在がここに来たことへの、反射的な拒絶だった。
クロウドは小さく呟いた。
「……とことん、人間っていうのは下を作りたくなるんですね」
生まれてからずっと、そうだった。孤児院でも、裏通りでも、市場でも——嫌がらせを受け続けてきた。それを当たり前だと思って生きてきた。頑張れば少し認められる。そうじゃなければいないものとされる。それがこの世界だとわかっていた。
でも、アッシュタウンの中でも身分の低い場所に集まる者たちが、また下を作ろうとしている。
呆れた。怒りではなかった。ただ、呆れた。
クレインが一歩前に出ようとした。クロウドは手を小さく上げて止めた。
その時だった。
奥に引っ込んでいた四十代の職員が、口を開いた。
「クロウドさん、失礼しました。一つ忘れておりました」
声に、妙な落ち着きがあった。
クロウドは振り向いた。
「登録には試験を受けていただかないといけませんでした。現役の冒険者と対決していただき、力を示していただく必要があります。クエスト中に大怪我を負うかもしれない方を登録させたとなっては、困りますので」
男の目に、わずかな笑みがあった。子供如きに言い負かされた仕返しだとわかった。絡んできたごろつきたちを利用しようとしていた。
クロウドは男を見た。
それから、にっこりと笑みをこぼした。
「そうですね。おっしゃる通りです」
受付の職員に向かって言った。
「では、どちらの方々と対決すればいいですか」
クロウドはわざと複数を示唆しながら、絡んできた三人組の方へ視線を向けた。
職員が三人組に目をやった。
三人組は顔を見合わせた。
「……大会の烙印持ちか」
一人が小声で言った。別の一人が「あの化け物だぞ」と囁いた。
三人とも、黙った。
しばらくして、一番体格のいい男が立ち上がった。
「……やってやる」
【四】
ギルドの裏手に、簡易的な訓練場があった。
土の地面に、木製の柵が囲まれているだけの場所だった。ギルドの職員が数人、野次馬の冒険者たちが集まってきた。
三人対一人。
クロウドは剣を構えた。
「一人ずつですか、それとも一度に来ますか」
男たちは一瞬、顔を見合わせた。
「……一度にいくぞ」
「わかりました」
三人が動いた。
線が、見えた。
世界がゆっくりになった。三本の線が同時に引かれた。左から一人、正面から一人、右から一人——
左の男を先に崩す。勢いを利用して正面の男にぶつける。二人が絡まった隙に右の男の剣を弾く。
三合だった。
三人とも、地面に手をついていた。
静寂が広がった。
野次馬の冒険者たちが、黙っていた。
四十代の職員も、黙っていた。
クロウドは剣を鞘に納めながら、受付に向かって言った。
「試験、合格でいいですか」
職員は少し間を置いた。
「……合格です」
【五】
冒険者証が手に入った。
薄い金属の板だった。名前と登録番号が刻まれていた。シンプルだった。華やかさは何もなかった。
クロウドはそれを手の中で握った。
重くはなかった。でも、確かな重さがあった。
外に出ると、午後の光が眩しかった。
クレインが隣に立った。
「……あれで手を抜いてやったんだろ」
クロウドは少し間を置いた。
「まあ、ご想像にお任せします」
クレインはしばらく黙っていた。
それから、ニヤけた。
大きな手が、クロウドの頭に覆い被さった。そのままぐりぐりと押さえながら、歩き始めた。
「……っ、歩きにくいですよ」
「うるさい」
クレインはニヤけたまま、手を離さなかった。
少し間があって「……腹が減った」と言った。
クロウドは笑った。
「帰りましょう」
二人で並んで歩いた。
アッシュタウンの石畳が、午後の光を受けて光っていた。
クロウドは歩きながら、冒険者証を懐にしまった。
(ここから、世界が広がる)
孤児院を出た五歳の頃からは、遠くなっていた。廃屋の屋根から城を見上げた夜からも、遠くなっていた。
でも、まだ始まったばかりだった。
世界はまだ、ほとんど見えていない。
それが——楽しかった。




