第十一話「烙印持ち、大会に出る」
【一】
告知が貼り出されたのは、市場の入り口だった。
大きな紙に、太い文字で書かれていた。
**アルデン王国 第十七回 剣術大会**
**参加者募集——年齢制限なし、身分制限なし**
**優勝賞金:金貨十枚 騎士団推薦枠あり**
**予選開始まで一ヶ月**
クロウドは立ち止まって、その紙を読んだ。
年齢制限なし。身分制限なし。
もう一度、読んだ。
(……出てみるか)
にこりとした。
夜、廃屋に戻ってクレインに話した。
「剣術大会に出ようと思います」
クレインは夕飯の鍋をかき混ぜていた。手が止まった。
「……あの大会か」
「知ってましたか」
「三年に一度ある。国を挙げた催しだ」クレインは言った。「参加者は千人を超える。予選だけで二ヶ月かかる」
「出てみる価値はありますよね」
クレインはしばらく黙っていた。
告知の文字が頭にあった。騎士団推薦枠——その四文字を見た瞬間、何かが顔をよぎった。でも、何も言わなかった。
「……好きにしろ」
それだけだった。
クロウドはにこりとした。クレインの横顔を見た。何かある、とわかった。でも今は聞かなかった。
「クレインも見に来ますか」
「行かん」
「そうですか」
クロウドは鍋の中を覗いた。
「今日の飯、美味そうですね」
「お世辞はいらん」
「本当のことですよ」
クレインは鼻を鳴らした。
【二】
出場登録の会場は、城下町の広場に設けられていた。
大きな天幕が張られていた。長い列ができていた。参加者は様々だった。鎧を着込んだ兵士崩れ、冒険者らしき男たち、若い剣士志望の少年たち——みんな、それなりの装備をしていた。
クロウドは列に並んだ。
顔の布を巻いたまま、じっと待った。
順番が来た。受付の男が書類を広げた。
「名前と年齢を」
「クロウド、十四です」
受付の男が顔を上げた。子供だと気づいたのだ。それから、顔の布に気づいた。
「……その布は」
「顔に痣があります。隠しています」
受付の男の表情が固まった。
後ろに並んでいた男が覗き込んだ。「なんだ、烙印持ちか」声が広がった。「烙印持ちが出場するのか」「ふざけるな」
クロウドは受付の男を見た。
「規約を確認してもらえますか。烙印持ちの出場を禁じる条項はありますか」
受付の男は書類をめくった。もう一度めくった。
「……ない、ですが」
「では問題ないですよね」
クロウドはにこやかに言った。
受付の男は困惑しながらも、書類に名前を記入した。
「……登録完了です」
「ありがとうございます」
クロウドは登録票を受け取った。後ろからまだ声が飛んでいた。聞こえていた。全部、聞こえていた。
でも、前を向いて歩いた。
【三】
予選初日。
会場は城下町の外れにある広場だった。
仮設の観覧席が設けられていた。大勢の人間が集まっていた。国を挙げた催しだけあって、屋台も出ていた。祭りのような賑わいだった。
クロウドが出場エリアに入った瞬間、空気が変わった。
「烙印持ちだ」
誰かが言った。それが広がった。
「何をしに来た」「出ていけ」「邪魔だ」
観覧席のあちこちから声が飛んだ。子供も、大人も、老人も——全員が、同じ方向から石を投げてきた。
クロウドは立っていた。
(……さすがに、きつい)
正直に思った。怒りではなかった。ただ、周り全員が敵に見えた。この広い会場で、自分だけが別の場所にいるような感覚だった。
その時だった。
「クロウドやれー!!」
野太い声が飛んできた。
クロウドは声のした方を見た。
観覧席の端に、見覚えのある顔があった。青物屋のマッコだった。人混みの中で立ち上がって、大きく手を振っていた。
「やれやれ!負けんなよ!!」
クロウドは少し間を置いた。
よく聞くと、ところどころで小さな声が聞こえた。「頑張れ」「やってみろ」——大きくはなかった。でも、確かにあった。
(……悪くない)
胸の中に、小さな温かさが生まれた。
俺を見てくれている人がいる。この場所で、この状況で、それだけで十分だった。
クロウドは前を向いた。
第一試合の相手は、二十代半ばの男だった。体格がよく、剣の構えもしっかりしていた。経験者だとわかった。
男はクロウドを見て、鼻で笑った。
「子供が。怪我するなよ」
「お気遣いありがとうございます」
クロウドは剣を構えた。
審判が開始を告げた。
男が踏み込んだ。速かった。右から横薙ぎ——
線が、見えた。
クロウドは左に半歩動いた。剣が空を切った。そのまま男の懐に入り込んで、柄を脇腹に押し当てた。
男が体勢を崩した。
審判が旗を上げた。
一合だった。
観覧席がざわめいた。「なんだ今の動きは」「見えなかった」「子供が——」
第二試合。第三試合。第四試合。
全部、一合か二合で決まった。
クロウドは相手を傷つけなかった。倒しもしなかった。ただ、相手の攻撃を全部かわして、体勢を崩して、そこで止めた。
それだけだった。
観覧席の空気が、少しずつ変わっていった。
最初の「出ていけ」という声が、少なくなっていた。代わりに「なんだあの動きは」という声が増えていた。
人混みの中、広場の外れにある柱の陰に、一人の男が立っていた。
腕を組んで、じっと見ていた。
クレインだった。
誰にも気づかれないように、帽子を深く被っていた。それでも、目だけは会場の中心を追っていた。
(……やるじゃないか)
口には出さなかった。ただ、その目が、静かに笑っていた。
【四】
その日の予選を、クロウドは全勝で終えた。
会場を出ようとした時、後ろから声がかかった。
「お前、名前はなんという」
振り返ると、一人の男が立っていた。
二十代後半か、三十前後か。すらりとした体格で、剣を腰に下げていた。装備が整っていた。貴族か、あるいはそれに近い身分だろうと、クロウドには見えた。目が鋭かった。でも、嫌悪感はなかった。ただ、純粋に興味を持っている目だった。
「クロウドです」
男は少し間を置いた。
「……本戦で会おう。楽しみにしている」
それだけ言って、立ち去っていった。
その背中を見ながら、クロウドは思った。
(面白くなってきた)
帰り道、マッコが追いかけてきた。
「クロウド!やるじゃないか!」
「応援、ありがとうございました」
「俺だけじゃないぞ。市場のみんな、気にしてたんだ。出場するって聞いて、来てやったよ」
クロウドは少し間を置いた。
「……そうでしたか」
「本戦も頑張れよ!」
マッコは大きく手を振って、人混みの中に消えていった。
クロウドは夕暮れの空を見上げた。
橙色だった。
(俺を見てくれている人が、いる)
アッシュタウンの裏通りで一人だった頃からは、遠くなっていた。
まだ遠い道だった。でも、確かに、歩いてきた。




