80 脱出
しばらくして、音楽がピタリと止んだ。
「あ……」
「終わったようだな」
それに合わせて私たちのダンスも終了する。
やっと家に帰れると安堵の息を吐いたのも束の間、複数人の貴族男性が私に近付いてきた。
そして目を輝かせながらルークに歩み寄ろうとする貴族令嬢も数多くいた。
(ど、どうしよう……)
予想外の展開に困り果てていたそのとき、隣からボソッと声が聞こえた。
「おい、顔を上げろ。背筋伸ばせ」
「ルーク……」
彼の言葉で私はハッとなって姿勢を正した。
(いけない……以前の気弱な公爵夫人みたいになっていたわ……)
せっかく変わったというのに、これでは意味が無い。
私は凛とした佇まいで彼の隣を堂々と歩いた。
不思議とルークが横にいると、とても安心した。
この後何を言われても耐えられるような気がした。
そんな私の姿に男性たちは声を掛けづらくなったのか、立ち止まった。
それはルークに近付こうとしていた貴族令嬢たちも同じだった。
(ルークはこうなることを分かっていて私にああ言ったのかしら……)
やはり彼は只者では無い。
しかしその中で勇敢にも、ルークに話しかけた一人の令嬢がいた。
「あ、あの……!」
「……?」
彼女は顔を真っ赤に染めてモジモジしている。
(まさか、ルークに惚れ込んで……)
そんな令嬢を見た瞬間、胸がズキンと痛むのを感じた。
「初めてお会いしますよね……?せめて、お名前だけでも……!」
「……」
赤くなった彼女を見たルークは突然フッと笑った。
その笑みに、後ろにいた令嬢たちまで真っ赤になる。
「申し訳ありません。急いでおりますので」
「あ……」
そうしてルークは私の手を引いて彼女の横を通り過ぎた。
このまま私を会場の外に連れ出すつもりのようだ。
(オリバー様……)
扉から出る前、遠くにいたオリバー様の視線をひしひしと感じたが気付かないフリをした。
(……知らない)
***
その後無事に会場を抜け出せた私は、ルークにお礼を言った。
「ルーク……ありがとう……」
「俺が勝手に来ただけだから気にするな」
「それでも、助けられたのは事実だから……」
またルークに助けられてしまった。
今度こそは絶対にお礼をしなければならない。
「家まで送っていくよ」
「あ、私馬車で来てるから……」
「……そうか」
「良かったら、乗って行ってよ!何なら伯爵邸に泊まっていっても良いし」
「……いや、そこまでは」
「ほら、早く早く!」
私はルークの手を引っ張って半ば強引に彼を馬車まで連れて行った。
「ふぅ……」
馬車の中で私の向かいに座ったルークは魔道具を外して髪と瞳の色を元に戻した。
(あ、いつものルークだ……)
さっきの姿も格好良かったけれど、私はやはりこっちの方が好きなんだなと改めて思った。
私は窓の外をじっと眺める彼の横顔に声を掛けた。
「……来てくれるなんて思わなかった。何だか王子様みたい」
王子様というワードに、ルークがビクッと肩を震わせた。
「……お前は、俺が王子に見えるのか……?」
そしてゆっくりとこちらを向いたかと思うと、意外なことを尋ねた。
(何、その質問……)
王子と言われたのがよっぽど珍しかったのだろうか。
何だか彼らしくない。
「うん、さっきのルークは私にとっての王子様だったよ」
「……」
思えば、危機的状況にある私を助けてくれたのはいつも彼だった。
(ヒロインのピンチに現れるヒーローみたいね)
いつの間にか、私の中で彼が大切な人になっていたらしい。
ルークは私の言葉にしばらくの間黙り込んだ後、再び窓に視線を戻した。
どこか機嫌が良さそうなのはきっと気のせいではないはずだ。
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